120秒で支度しな: Get ready in 120 seconds

この記事の下書きを飛ばしてしまってからもう何年も経つからうろ覚えなんだけれど。

「40秒で支度しな」は言わずもがなの名セリフ。

「120秒で支度しな」は友人から聞いた話。


ある日、友人が近所の知り合いの家に行ったら、彼女はえらく忙しく片付けをしていた。

「旦那がね、ここの仕事を辞める決心をしたんだ。だからここを出なきゃいけない」。

彼女の旦那の仕事は大工。

この国でよくある家の建て方は、日本でいうなら団地をまるまる建てるという感じに近い。タマンと呼ばれる一角に平家もしくは2階建の家が連なった棟をいくつも同時に建てる。工期は年単位に及ぶから、大工たちは工事現場にベニヤ板で作られた質素な小屋に妻子とともに住み込み、家々が完成するまでそこで働く。

だが、彼女の旦那はもう今のボスに耐えられないのだと言う。給料の支払いだって渋い。

「昨日、給料が出たの。だから今日、逃げるの」

ボスに見つかるとまずいから、ちょっと今日は帰って。あとでこちらから電話するから、と言われて友人は車に戻った。

そして2分後。友人の電話が鳴った。

「もう大丈夫。今、旦那の友だちの車の中。無事にあの家を出たわ」

120秒で支度して、引っ越したのだ。


思うに、旦那と幼児と3人暮らしの彼女がまとめなければいけなかったモノは、マットレス一枚、家族の服、たらいとなべとプラスチックの食器、そのくらいだっただろう。チェストやテーブルといった家具などないし、家電といったら扇風機一つ、あとはあるとすればガスコンロか。いやあれはボスのものだったか。

120秒で車に積み込める全財産で、彼女は旦那と暮らし、子育てをしていたのだ。


旦那が仕事で建てるのは、いくつものエアコン付きの部屋があり、タイル張りの床にテレビやソファーやベッドがそれぞれ置かれてゆくであろう中流層向けの家。玄関前には車やバイクがとめられ、もちろんキッチンには冷蔵庫やオーブン、その奥には洗濯機が置かれるに違いない。


彼女は今どこに住んでいるんだろう。

よその町の工事現場の片隅で、またワンルームのベニヤの家で、子どもの相手をしてるだろうか。

旦那は今日もそこで働いているだろうか。

そう願う。仕事さえあれば生きていける。

自分たちは決して住むことのない、普通の家を日々建てながら。

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(画像はGoogle street view より拝借)

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