荘子 外篇 天地篇 第十ニ下

荘子 外篇 天地篇 第十ニ下

吉成学人(よしなりがくじん)
00:00 | 00:00
この篇を読んでみると、荘子が生きていた古代中国でも「世間」(世俗)と云う概念はあったようです。
荘子によれば、当時の世間では、孝行な子供が親におもねらなかったり、忠義な臣下がその君子にへつらわないのは立派だ、とされていたそうです。
親や君子の言ったことを何でも賛成するのは、「不肖の子・臣」と呼んでいたそうです。
荘子は、世間の人間は、善いことにただ従うことはお追従や機嫌取りとは云わないではないかと述べています。
では、世間は親や君子よりも大切なのかと云えば、そんな馬鹿な話しはないと述べています。
当時も、世間に合わせるお追従(道人)や機嫌取り(諛人)もいたようです。
荘子によれば、こう云う人々は「愚の至り」だそうで、「大愚」や「大惑」と呼んでます。

最近、熱いですね。