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ロングコートダディ「じごくトニック」

地獄は強壮剤
そう思えたら少しは息ができるかもしれない。

ロングコートダディ単独ライブ「じごくトニック」は2021年に行われたツアーライブ。
2022年7月現在、ロングコートダディは単独ライブ「ふくらまくら」のツアー中だが、今回私の数少ない友人の1人に「じごくトニック」のDVDをお借りして視聴した。


「地獄みたいだ!!」

しんどいこと、辛いことがあったときに叫ぶとする。

言うまでもなくこの「地獄」は比喩表現で、私含めこれを読めるたいていの人はまだ死んだことないと思うので、死神がいて…閻魔大王がいて…火あぶりにされてる人の悲鳴が絶えず響いて…みたいな宗教思想上の「地獄」は見たことないはずだ。

それでも、私たちはよく「地獄」を見る。

なんつっても私たちが見る「地獄」はたちが悪い。
宗教的な地獄は、生きてる間に悪い行いをした人が行くところだと聞く。
でも、私たちの地獄は悪事の有無とかもう関係ない。電車で席を譲った直後ひったくりに合うし、ボランティア活動に勤しみ恵まれない子どもたちに寄付をし質素な生活を送っていても大病を患う。なんなら朝起きて歯磨いてるだけで先の見えない不安で地獄を感じることだってある。

なにそれ、約束と違うじゃん。
いいことしたら天国に行けるとは聞いてましたけど、なんでなんもしてないのに地獄見なきゃいけないんさ。


そんなときに、
どうせ寝ても覚めても地獄ならこの地獄で強くなってやろう!地獄あざす!と思えたら。
もう少しだけ頑張って生きていけるのだろうか。


「じごくトニック」

トニックは「強壮剤」の意。
コント「じごくトニック」では、地獄のような苦しみを筋トレに例えるシーンがある。筋肉が痛めつけられて筋繊維の修復とともに太くなるように。地獄の苦しみを受け入れて、強くなれる。

そんな風に思えたらどんなにいいだろうか。
でも、たいていの人はそんな風に思えるほど強くない。

ちなみに、苦しい!無理!地獄!から逃れる方法はいくつかある。とはいえ地獄の方をどうにかして天国にするというのはなかなか難しいので、大概は地獄のような環境から逃げたり、外に救いを求めたりしてなんとか生きていく。
ただ、生きてると地獄に迷い込む回数がちょっと多すぎる。逃げても逃げても追いかけてくる。なんなら逃げることさえできないことがいっぱいある。
だからこそ、手段の1つとして「死」を選ぶ人がいるのだろう。なんなら宗教の世界ではものによっては死が救済だったりするわけで。

単独のDVDを視聴後、Twitterで #じごくトニックを検索してみた。数々の好意的な感想の中に多くの人が揃って言及しているセリフがあった。


「しんどいくらいがちょうどええんちゃう」


同公演における堂前さんの最後のセリフだ。
自殺するほどにまで絶望していた主人公が最後に友人へ贈るこの言葉は、主人公の心境と人生観の変化を物語り、公演の最後を飾る美しいオチ台詞だ。
たしかに間違いなく名言だと思う。実際この言葉に救われたと言う人も多く見かけた。


でも私は、堂前さんが客を救うためにこのセリフを書いたとは思えない。むしろこれは一種の自己暗示なのではないかと思うのだ。

ロングコートダディのことは好きだしネタは見るが、堂前さん個人の人間性は正直よく知らない。(なんとなく掴みどころが無く飄々とした印象はある。)
少なくとも、人生観を説く(?)ために美辞麗句を書く人には見えない。もっと言えば、このセリフを言うために主人公を自殺させる、というのがあまりしっくりこない。


だから烏滸がましくも想像するならば、堂前さんは地獄を見たことがあるのではないだろうか。
或いは、ある時ふと死んでしまいたくなったことがあるのかもしれない。

仮にそうだとすれば、「じごくトニック」は堂前さんの「願い」だ。
この地獄ような苦しみを乗り越えたらきっと強くなれる、と信じたい。という願いだ。

「しんどいくらいがちょうどええ」
友人に言いいながら、主人公は自分に向けて言っていた。そして役を介して堂前さんは自身に言い聞かせた…のかもしれない。

「じごくトニック」は、自殺ダメ!という啓発活動や人生論の提唱ではなく、あくまで堂前さんが自身に向けて書いた自己暗示なのではないか。


死後の世界

ネタを見る限り、ロングコートダディの世界には人智を超えた存在や死後の世界が存在する。
ロングコートダディの死後の世界では、死後の世界は現世とそこまで変わらず、神様はまるで人間みたいに親しみやすいけど人間の力は及ばない。

ロングコートダディの死後の世界は「じごくトニック」以外でも覗くことができる。
例えば、M-1グランプリ2021決勝では、人間の姿をした神様が人間界の娯楽であるしりとりの法則を使って魂の割り振りを行う。この神は割り振りの法則のヒントを教えてくれる優しさを持つが、一方でこの割り振りは絶対で神の決定が覆ることはない。


よしもと漫才劇場4周年記念SPのネタでは、神様が壮大な暇つぶしとして地上の全人類を紙相撲で戦わせて、ある1人が70億人のベスト4に進出する。神様の暇つぶしの方法が紙相撲だったり煽りVを作ったりというのはとても人間っぽいが、この紙相撲の勝敗に人間の力は及ばない。そもそも殆どの人間たちは神様の遊び道具になってることなど知る由もない。

本公演では表題コントの「じごくトニック」がそれに相当するだろう。このコントの死神(兎)は死神というにはあまりにもポップな見た目をしているし、初対面の主人公・筬島(堂前)に友達みたいな軽いノリで話し掛けてきてなんならちょっと仲良くなって盛り上がる。しかし、原則として魂の決定(転生ルーレット)に逆らうことは許されないという掟が存在する。

余談だが、「じごくトニック」見たとき、Netflixで配信されているアメリカのドラマ「グッド・プレイス」を思い出した。死後の世界が舞台のファンタジーコメディである。

この「グッド・プレイス」、死後の世界の話であるということ以外のストーリーは特に似ていないのだが、

グッド・プレイス=天国もいいことばかりの楽園ではない
・死後の世界なのに妙にポップで俗っぽい
・天国で受けられるサービスは天国の住民の希望通りだが、結局人間の想像の範囲内に収まるので人間世界とさほど変わらない

というあたりが「じごくトニック」やロングコートダディの描く死後の世界の考え方に似たものを感じた。

ここで少し現実世界に戻って宗教概念上の「死後の世界」について考えたい。

前述のように私たちは生きているだけで地獄を見る。生きながら地獄を見た多くの先人たちは、藁にもすがる思いで死んだ後の世界を想像したのだろう。その証拠に死後の世界には人の理想と願いが詰まっている。
例えば、閻魔大王による死者の裁き。地獄と天国の選別。生前に悪行をなした者を裁く存在として閻魔大王は古くから恐れられてきたという。
日本における閻魔大王の信仰について少し調べた。

閻魔大王の法廷にある”魔鏡”はすべての亡者の生前の行為をのこらず記録し、裁きの場でスクリーンに上映する機能を持つ。そのため、裁かれる亡者が閻魔王の尋問に嘘をついても、たちまち見破られる。司録と司命(しみょう)という地獄の書記官が左右に控え、閻魔王の業務を補佐している。

Wikipedia

まるで人間界の裁判。でも、形は裁判のくせに信じられないくらいフェアだ。この世の誰より公正で信頼できそうだ。
閻魔大王による裁きは、人智を超えた存在であれば公正な判定で自分を救ってくれるだろうという希望で、私たちの理想で、救いを求める多くの人たちの願いなんだろう。やっぱり死後の世界は人間の理想でできている。

それに比べて人生ときたらもう。
いいことだけしてても簡単に地獄を見せてくる。判定がバカ過ぎる。基準もなければ回避手段さえわからない。どう考えても閻魔大王のいる地獄より不条理だ。

あれ?
もしかしてこれ生きてるのがいちばんしんどくない?


総括

「じごくトニック」の主人公・筬島(堂前)は自殺し、生きていたときのことを「地獄」だと言った。
一方、死神(兎)は「地獄がいちばんいい」「天国はきしょい」と言う。でも「自殺するくらいしんどかったんだから天国に行けばいい」とも言う。フォルムも相まってすごく人間臭い死神だ。
主人公をフォローするように死神は「天国」について語る。「天国にはイオンがある」「フードコートもある」
天国というととびきりの幸福がありそうなものだが、あるのは結局イオンとフードコート。
これは語られていないが、天国って意外と安っぽくて時間の流れの遅い地方都市みたいなものなのかもしれない。別にイオンもフードコートも生きたまま行けばいい。
そして最後に、主人公は死にたいくらい苦しかったのにまた地獄のような人生を生きたいと懇願する。
これは死神の語る「地獄は強くなれる場所」というのに納得したからだろうか、それとも「天国」も別に大したことないなと思ったからだろうか。
いずれにせよ、主人公は生き返り死神と出会ったことを忘れたまま人生を続けていくことになる。

生きていくのはしんどい。そこまで明日に期待してる訳でもない。でも、死後の世界の天国も地獄もどうせ今この世界にあるから、どうせならもう少しだけ生きてみたい。
そう思って「しんどいくらいがちょうどええ」と書いたのではないだろうか。

彼の地獄がどんな地獄かなんてことは、私には想像もつかない。でも、自分と同じように苦悩を抱えている人がいるという事実は、本人の意図とは関係なく勇気を与えてくれるものなんだろう。


さいごに

この文章を公演のDVDをかしてくれたロングコートダディファンの友人に捧げます。
ばりばり存命です。

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