見出し画像

Memento イヌ時代・・・画 転爺

 イヌ時代への執筆を依頼された。イヌ時代?イヌの時代劇でも書けばいいのか。創刊号を眺めてみる。しかしイヌの時代劇は一切ない。イヌすら不在だ。何を書けばいいかを編集長に問うと、なんでも勝手に書いてくれと言う。私は途方に暮れた。問題がないと解けない、ボケがないとツッコめない、イヌがお腹をみせてせがんでこないと撫でられない。元来、私はそんな受け身の性分なのだ。なにを書くか悩んだ私は、イヌ時代イヌ時代、と呟きながら、白黒の柄をもつ毛むくじゃらをゴロンと仰向けにし、お腹をなでまわす。一向にアイデアは浮かばない。イヌ時代、イヌ時代……。手を休めると、ちょいちょいと手を掻いて撫でを強要される。しかし、だ。イヌ時代、とは一体なんだ。満を持して創刊した雑誌を『イヌ時代』とするからには、込めた思いがあるはずだ。そうだ。私はひらめいた。この雑誌の名前の意味を勝手に想像してみよう。
 
 まずイヌだ。イヌは人間社会に深く関わる生物である。忠誠心を持ち、人語を解する頭脳をもち、ヒトの何倍もの音を聞き分け、何万倍もの臭いを嗅ぎ分ける。ヒトの手に乗れそうな犬種もあれば、堂々とした体躯でヒトが乗れそうな犬種もあり、実に多種多様である。愛玩動物としての確固たる地位のみならず、古来からの猟犬としての役目、犯罪捜査に貢献する警察犬、遭難した人を探し出す災害救助犬、盲人を補助する盲導犬などなど、様々な場面で人類を手助けしている。我が家の名犬にも、郵便屋さんに吠えかかるアラート機能や、早朝から散歩をせがんで起こしに来る目覚まし機能、夜な夜な顔をきれいになめ上げる洗顔機能、ルンバよろしくあちこち隙間に入り込み、様々な汚れを毛で拾い集めるお掃除機能等が搭載されている。お掃除機能は欠陥だらけで、集めたゴミは洗濯したての服になすり付けられたりもするが。とにかくイヌは、ヒトと共生するパートナーなのだ。混沌を極める現代で、多種多様な文章を掲載し、ヒトの行末を導く良きパートナーとしての一時代を築きたい、そんな想いがこの雑誌には込められているに違いない。私は早合点しそうになった。

 しかし、だ。一方では有用さを認められ繁栄を極めるイヌであるが、他方で、イヌという言葉は侮蔑の意味を担うこともある。「役たたず」という意味になったり、「市役所の犬」のように誰かに盲目的に付き従う者や、裏切り者、他者の秘密をかぎまわる者を蔑む用法もある。我が家の犬っころも、普段は飼い主に従順な素振りだが、来客時にはしっぽを振って愛想を振りまき、つぶらな瞳と愛くるしい仕草でおやつをねだり倒すというずる賢い一面がある。つまり、イヌ時代という雑誌名は、駄文ばかりをよこしやがって、という編集長の執筆者への侮蔑の思いと、権力にはすり寄って甘い汁を吸おうという卑しい心根が顕れているのだ。そういえば編集長は、昨年沼津にできた巨大商業施設を見て、巨大な排泄物に対峙した時の感覚を覚えると揶揄したことがあった。にもかかわらず、当の施設内の書店でイヌ時代が取り扱われはじめると、しっぽを振ってすり寄ったのだ。この姿勢は完全に財閥のイヌである。完全にイヌ時代だ。そう考えた私は、憤怒に駆られイヌ時代の執筆を土壇場で取りやめ、代わりに愛犬の排泄物をゴリラ並みの勢いで送りつけてやろうと決意した。

ここから先は

2,202字
この記事のみ ¥ 300
期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?