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金魚のひとりごと

あたしは、たぶん生まれた時からここにいる。
見晴らしがいいことだけが取り柄のタワーマンション。
西陽がキツいのよ。
だからね、出かける時は、カーテンだけは必ず閉めて!って言いたいわけ。
この前なんか、水槽が温泉になるかと思ったわよ。
そうかと思えば、凍りそうな夜もあって、そういうのにデリケートなんだからね、気をつけてよね。

どんなにがんばっても、あたしはここから出られない。
籠の鳥ならぬ水槽の金魚よ。
ご主人の趣味で、昔ながらのまぁるい金魚鉢が、あたしのお城。
そう!女王なのよ。
ま、国民も兼ねる。だけどね。
なかなか快適なんだけど、ひとつだけ気に入らないことがあるの。
何かわかるかしら?
あのね、この金魚鉢ね、まんまるに見えちゃうのよー。
正面から見たりしたら最悪。
シェイプアップしたこのボディーが、ぷくっと見えちゃう。
だからね、四角い水槽にしてちょうだい!
って訴えてるんだけど。気づいてもらえてはないわね。

あたしのご主人は、36才独身。
彼氏は、今はいないわね。
毎晩、あたしが話し相手だもん。
仕事は、リモートとかいうの?家でできる仕事みたいよ。
一日中パソコンの画面にしゃべってるんだけど、あれで仕事になってるのかしら?
上半身こそ涼しげなブラウスだけど、テーブルの下はジャージなのよ。
女子力のカケラも感じられないわ。
ほら、また大笑いしてる。
朝から、ずっとよ。
「大和撫子」なんて言葉は死語ね。
ま、あたしの世話だけはマメにしてくれるから、気配り上手の世話好きってところね。
今日は、水を変えてくれて、あたしのお城もピカピカになったわ。
で、あたしは、今、日光浴中。

あぁ、なんて美しい青空。

鳥たちが羨ましくて仕方がない。
大空を縦横無尽に飛び回れるなんて。
空は広いわ。壁なんかないんでしょ。
飛んでみたいなぁ…。
「飛ぶ」ってどんな感覚なんだろ…。
「羽ばたく」ってことよね。
羽か…。
あたしでいったら“ヒレ”みたいなものかしら。
あたしのヒレ、なかなかの優れものよ。
水の中で姿勢を保つって、苦労する。
あたくし女王ですもの優雅に品よく泳ぎますのよ
オホホホ…デビ夫人っぽくなってしまったわ…。

とにかく、あなたたち人間には、わからない影の努力があるってことよ。

あら、そろそろ日光浴は終わりのようね。
お城に戻るわ。
じゃあまた、あたくしの話、聞きにいらっしゃって。
ごきげんよう。

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