宝くじ

大人は
子供の素質に
親バカな希望を持って
ピアノだ、絵画だ、野球だ、サッカーだのに時間をかけさせる。

子供は
親が喜ぶ事が
最大の自己防衛だから
親の言うなりに
進んで自分をはめ込んでいく。

全人類の
ほんの一部にしか現れない
天才の才能を自分の子に期待し

そのご利益が
子供と自分に降ってこないかと
宝クジを買わせてみる……
多くの親の行動の元はそんなところだ。

一芸に秀でることで
食っていける
そのレベルに達するという事

ましてや
その食っていけるレベルや
報酬の多寡が
自分を切り売りして得る報酬より
多くなるなんてことは

天からの贈り物を貰っていて
なおかつそれに気づいた
ほんの一握りの人だけだ。

だから
子供に少しやらせて

そんな宝クジに
当たらなかった事に
気づいた親は

続けさせないで
もっと着実な
「努力の預金」をさせる方に振り向ける。

楽しければそれでいいのに。
楽しみ続ける事で
何かにつながる事もあるのに。

繋がらなくても
楽しい事があるだけでも
子供の人生には十分だと思えるのに。

物欲しげにやらせたことで
子供が楽しむことも奪ってしまっている。

宝クジは買って
手にした時には
アタリかどうか解らないけれど

ホンモノの才能は
抽選日を待たなくても
見たらスグにわかる。

それも解らないなら
自分の宝くじのために
子供から楽しみを奪うのは止めたがいい。

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