📗【文書版】✴️礼拝メッセージ「ユダの裏切りの冷笑を溶かすパッション」

先日2023年4月2日(日)の礼拝メッセージのテキスト版もここに掲載いたします⬇️

✴️礼拝メッセージ「ユダの裏切りの冷笑を溶かすパッション」

新約聖書　マタイの福音書第26章14～16節、47～56節

14　そのとき、十二人の一人で、イスカリオテのユダという者が、祭司長たちのところへ行って、
15こう言った。「私に何をくれますか。この私が、彼をあなたがたに引き渡しましょう。」すると、彼らは銀貨三十枚を彼に支払った。
16そのときから、ユダはイエスを引き渡す機会を狙っていた。

47　イエスがまだ話しておられるうちに、見よ、十二人の一人のユダがやって来た。祭司長たちや民の長老たちから差し向けられ、剣や棒を手にした大勢の群衆も一緒であった。
48イエスを裏切ろうとしていた者は彼らと合図を決め、「私が口づけをするのが、その人だ。その人を捕まえるのだ」と言っておいた。
49それで彼はすぐにイエスに近づき、「先生、こんばんは」と言って口づけした。
50イエスは彼に「友よ、あなたがしようとしていることをしなさい」と言われた。そのとき人々は近寄り、イエスに手をかけて捕らえた。
51すると、イエスと一緒にいた者たちの一人が、見よ、手を伸ばして剣を抜き、大祭司のしもべに切りかかり、その耳を切り落とした。
52そのとき、イエスは彼に言われた。「剣をもとに収めなさい。剣を取る者はみな剣で滅びます。
53それとも、わたしが父にお願いして、十二軍団よりも多くの御使いを、今すぐわたしの配下に置いていただくことが、できないと思うのですか。
54しかし、それでは、こうならなければならないと書いてある聖書が、どのようにして成就するのでしょう。」
55また、そのとき群衆に言われた。「まるで強盗にでも向かうように、剣や棒を持ってわたしを捕らえに来たのですか。わたしは毎日、宮で座って教えていたのに、あなたがたはわたしを捕らえませんでした。
56しかし、このすべてのことが起こったのは、預言者たちの書が成就するためです。」そのとき、弟子たちはみなイエスを見捨てて逃げてしまった。

　主の恵みと平安が皆さんの上に豊かにありますように。
　この日も皆さんとご一緒に主の日の礼拝にあずかれますことを心から感謝いたします。

　今日は、特に受難週にも入りましたので、イエス様の十字架に向かうご受難のことを特にご一緒に思いめぐらせたいと思うわけです。
　最近は本当に便利なものですね。数年前からできたことだと思いますが、すぐに、スマホでユーチューブアプリを立ち上げて、あの3時間を超える、ヨハン・セバスチャン・バッハの大作、マタイ受難曲を聞いたんですね。やはり素晴らしいなと思うわけですが、このマタイ受難曲は、マタイの福音書第26章27章を中心にして作曲されたオラトリオになっています。
　このマタイ受難曲のファンはたくさんいます。たとえば将棋界でも、ひふみんという愛称で親しまれている、プロ棋士の加藤一二三さんですね。彼はカトリックで30歳位の時に洗礼を受けられたんだそうです。彼の洗礼受けられた時のお話がまた面白いですね。神さまは色んな形で人を導かれるな、と思ったんですが、棋士というのは、打って行くときに、やはり、これが勝負を分けるというか、これを打っていけば勝つという、そういう道筋があるそうですね、やはり将棋の世界にもそういう勝つ道筋があるなら人生にも、この道筋を行けば間違いが無いという道筋があるんじゃないか。この手を重ねていけば、正しく生きて行くことができるのではないかと考えられて、それで、どこにいらしたかというと教会にいらしたんですね。
　教会にいらして、その正しい道筋を、歩んで行くならば、私の人生は開かれて行くのではないかと思われて、そして洗礼を30歳の時に受けられた。そしてその勝負をずうっと支えてきた曲がマタイ受難曲だというんですね。
　考えてみれば不思議なもので、難を受ける、という題の曲が、彼を支えてきた。でも本当は実は不思議なことではなくて、きっとその曲で描かれているイエス様の受難のできごとの中に「ほんもの」があって、そこに自分の人生をかけるような思い、ここを外さなければ大丈夫、そういうものがこのイエス様のご受難のできごとがあるからこそ、ひふみんの心を魂を捕らえてきたし、多くの人の心を魂を捕らえて来たのだと思うんですね。そして多くの人が主イエスの十字架と向き合ってきたのだと思います。

　今日は、そのイエス様のご受難のすべてのできごとに触れることは、もちろん時間の関係でできません。ですから朗読では厳選して読ませていただきました。お気づきになったかと思いますが、今日は、ユダがでてくるところばかりをお読みしました。こうして一人の人物にスポットライトを当てながら、自分自身に語られた神様のみことばとして、ご一緒に聴くこともまた許されていることであると思います。

　まぁユダという人物を、礼拝で集中的に思いめぐらせることは、気が進まない、気が重くなる、そういう方もいらっしゃるかと思います。なんといっても、裏切者の代名詞として有名ですね。世界三大裏切者といえば、その中にユダ、が入っているわけです。

　ユダの裏切りのできごと自体は、先ほどの朗読をお聞きになった通りです。祭司長たちのところに行って、銀貨30枚でイエス様を売り渡す約束をした。そのあと、あのレオナルドダヴィンチの最後の晩餐の絵画でも有名なあのシーンで、「この中の1人がわたしを裏切ろうとしている」というイエス様のことばがあった時に「まさか私ではないでしょう」と言ったら、「いや、そうだ（直訳は「あなたが言っている」）」と言われてしまう。
　そして、イエス様のゲッセマネの園での激しい祈りの後で、祭司長や民の長老たちから差し向けられた大勢の群衆と共にユダがやってきて、口づけを引き渡す合図にしているんですね。今でも国によっては同性同士も、挨拶で口づけをすることが普通の習慣となっているところがありますが、親愛を表す動作ですね。その通常は親愛を込めた動作であるはずの口づけを合図にして、師匠を裏切って売り渡してしまう。その後でユダは、後悔をして祭司長たちに金を返した後、首をつって死んでしまう、こういった一連のできごとは、ドラマチックではあります。聖書の中でも、一番劇的な場面の一つで、よくヨーロッパなどでは受難劇というのが上演されたりしますが、非常に印象的な場面の一つであるでしょう。もし演劇にして演じてみるならば、きっと胸を激しく打つシーンになるのではないか、と、舞台演劇に関しては私は素人ですけれど、素人ながらに思います。

　しかし、私たちが聖書を読む時、聞く時に、特にこのイエス様の十字架に向かわれる、一連のできごとを読んだり聞いたりするときに、たとえば、同じ12弟子の人物なら、たとえばペテロに自分を重ねあわせる方は多いかと思います。自信満々に、力強く、イエス様にどこまでもついて行きます、と言いながら、いざ自分も殺されるかもしれないという段になると、「いやいやそんなイエスなんて男は知らない」と3度もイエス様を知らないと言ってしまう、そういう弱さなら、ああ私も持っているなぁ。あるいは、こないだは「ホサナホサナ、ばんざいばんざい」と言ってエルサレムに入城されるイエス様を迎えていたのに、何日もたたない、舌の根も乾かないうちに、ユダヤの権力者たちに扇動されて、「十字架につけろ十字架につけろ」と叫んだ流されやすい付和雷同の群衆、あるいは、本当は祭司長や民の長老たちのイエスへの妬みのために訴えてきているのだと、分かっていながらも、保身のために優柔不断なことをした中間管理職のポンテオピラト、こういう人物なら、いや私にもそういうところあるなぁって、自分を重ねやすいと思います。そうして、こう、私も、この時代に、ここに生きていたら、同じ罪を犯しただろうなぁ、と、自分の罪を思う、そういうことは、ある意味でしやすいのではないかと思うんですね。

　しかしこうユダとなると、彼の気持ちもさっぱり分からない。あまりにも特殊な行動に走った人物だと私たちの目には映るので、ピンと来ないというか、凄く私たちと、心理的にというか、色々距離があると思うんですね。
　そういうわけで、私たちは、ユダのことを取り上げる時に、「こうなっちゃいけない」という例として、あるいは、「私たちはユダじゃなくてよかったね」といって安心する材料にするような、そんな読み方、聴き方をしているところがあるのではないかと思うんですね。

　亀井勝一郎さんという方が、痛切にそういうあり方を批判していまして

「いっさいの非難はユダ一人に背負わせて、自らは罪なきものと自認している怯懦(きょうだ：臆病なこと、おじ恐れること)の群」

と痛烈に言っているんですね。これは私たちはきちんと耳を傾けなければならない批判であると思います。(私もそうなりかけていたからです)

　とすると、私、黒人霊歌の「弟子となしたまえ」という曲を思い出すんです。これは聖歌の本にもおさめられている大変素晴らしい曲ですが、日本語版の4節の歌詞がひっかかっていたんですね。

ユダにはなるまじ　わが主よ　わが主よ
ユダにはなるまじ　わが主よ
心のそこより　ユダにはなるまじ　わが主よ

　でもユダにはなるまじ、で、いいんだろうか？（まぁそういうことで、新聖歌のバージョンでは4節の歌詞が削られているようですが、）うっかりすると私たちは、私たちはユダみたいにはならないようにしましょう！私たちはユダでなくてよかった！こういったですね、何か人を、こういう人はマル、こういう人はバツといったですね、色分けして線引きをして、自分はこのラインのマルの側にいるからオッケーと言ったようなですね、自分を安全な場所に置くために線を引くというあり方はまさにですね、イエス様に敵対したパリサイ人、律法学者のあり方そのものなんですよね。イエス様はそのあり方を徹底的に批判された。人は皆本質的に罪びとなんだ。どんなにモーセの律法プラス、口伝律法(くでんりっぽう・主イエスが「先祖たちの言い伝え」と呼んだ細則)をプラスして完璧に守った所で、それは表面的なものに過ぎない、白く塗った墓だ、そうおっしゃった。ですから表面に出る程度っていうのは人によって差があります。けれども、本質的には人間は―もちろんクリスチャンも―何も変わらない、っていうことですね。

　ここでは朗読の時は新改訳で朗読されますが、新共同訳の翻訳では、小見出しが付いていますね。そこに、ユダの裏切り、とあって、ペテロの方は離反、となっているんですよね。離れる、に、反する、と書いて離反です。でも、何の違いがあるんだろうか？新共同訳の小見出しをつけた人が、ペテロを少しかばいたかった気持ちがあったかもしれませんけれども、実はユダとペテロは何にも変わらない、ペテロも、他の弟子たちも、全員が、十字架の直前に、イエス様を裏切って逃げてしまったからです。

　ここでは分かりやすくするために、こういう説明がなされることが多いと思います。ペテロとユダで比較すると、もし、ペテロとユダに違いがあるとしたら、ペテロは、涙を流して悔い改めた。イエス様のまなざしを受けて、外へ出て行って激しく泣いた。自分で自分の罪を始末するのではなくて、神様の前に、また主イエスの前にもっていったから良かったんだ。だから、その罪は赦され、回復し、立ち直って行った。

　しかしユダの方は、自分で自分の罪の始末をしようとした、イエス様を売ったお金を返そうとしたことからもうかがえるでしょう。しかし、自分で自分の罪を始末することなど到底できないので、自分のいのちをもって償おうとした結果が、あの自死だった。

　こういう理解もあるわけですが、それも線引きして色分けすることですし、下手をすると、自死された方を責め、そしてそのご遺族を苦しめるような解釈になってきかねないんですね。

　むしろここは、ユダとペテロの間にバッスリ線を引いて分けないで、私は、ペテロであり、またユダであると、こういう読み方をする方が、おそらく、適切であろうと思うんですね。私たちは皆、多かれ少なかれ、主を裏切ることをしている、ということです。

　それはどういうことなんだろうか？主を裏切ると言っても、それはたとえば信仰告白をして洗礼を受けたのに、教会に来なくなってしまう、そういうこともそうなのかもしれませんけれども、何かそれも表面的なことのように思いますね。

　私はどうしても、この裏切り、ということを考える時に、私自身が、主を裏切る者であった、いや、繰り返し主を裏切る者である、ということを、この今日の聖書日課が与えられた時に、目をそらさずに見つめなければならない、ということを思わされたし、どうしても自分の体験をお話しする必要があると思いました。

　痛みと悲しみを伴いながら話しますが、私の主への裏切りとは、2013年にさかのぼります。ちょうど、神戸ルーテル神学校を卒業して、高知に戻って来た時のことでした。私は、心身の不調になり、心療内科に通うことになりました。そこで、うつ病までは行っていないんですけれども、鬱症状が出ていて、鬱状態である、と、医師に診断されました。不眠の症状もあったわけですが、もう耐えられないと思いました。このままでは倒れてしまう。とても続けて行くことはできない。だから、高知クリスチャンセンターを退職して、県外で伝道をすることを目指そうと、考えもしました。しかしそれが、今考えれば、主を裏切ろうとすることだったと思います。
　主を裏切るというのは、厳密には違うと言えるかもしれません。確かに、伝道者として、一番よくないことは、群れを置き去りにして逃げて行くことです。群れとは教会の人々のことですね。定期的にお見舞いに行っている方々、障害者の方々、定期的に訪問聖餐式を共にしている方々も、いらっしゃいました。でも色々言い訳もできたでしょう。信徒を裏切ることと、イエス様を裏切ることは違う。また、私は按手を受けた牧師とはいえ、高知クリスチャンセンターという組織の上では、副牧師という立場なので、私が高知を去っても、完全に見捨てたことにはならない、であるとか、そういう自分の逃げの姿勢に対する言い訳はなんとでもできたでしょう。

　けれども、私はもう一度、自分の召命を確かめるために、高知市が見渡せる山に登りました。そこで泣きながら祈りました。「主よ、あなたを信じてこうしてあなたについて来たのに、こんなふうになってしまいました。どうしてですか？こんなはずじゃなかった。高知で伝道せよというのが、あなたのみこころだったのではないのですか？どうか、道をお示しください」と、そう祈った時に、心にみことばが浮かんできました。「バアルにひざをかがめない7,000人を残してある」この町には「右も左も分からない12万人以上の人間がいるではないか」(ヨナ書のみことばです。ヨナの場合は12万人と言われましたがもちろん高知は12万人どころではなくてもっといるわけですね)という主のみことばが心に響き、辛くあっても高知の魂のために仕えよう、と思いました。

　私はその頃から、ペテロのことを沢山思いめぐらせました。動画伝道で、ペテロの役を演じる劇をやりましたが、実はそれは若い人に動画で視覚で訴えて伝道しようという目的でしたが、もっと私の心の深いところでは、イエス様を裏切って逃げてしまったペテロを体で演じることで、私自身の主からの召命―いのちを召すと書いて召命ですね―それを再確認する作業でもあったんですね。
　そこで体で演じながら、裏切って逃げようとした私を、何の責めることもないまなざしで見つめてくださる主イエスのまなざし、そして、3度、「あなたは私を愛するか」と問うてくださる主イエスの慈しみ深いことば、そのことばに応えて、もう私は以前のように「私はイエス様のためなら火の中水の中」とはかつてのペテロのように言えませんでした。自分の力は弱く崩れ、自分の力でイエス様に従い通せるものではないと思いました。私は「主よ、わたしがあなたを愛することは、あなたがご存じです」って、愛しとおせるかどうかは自分の信念ではできません。愛し通せるかどうかさえ、主イエスにゆだねてしまう。そうペテロと声を合わせるように主に祈って、高知での伝道に踏みとどまったのでした。

　それから8年間、心療内科に通いながら抗鬱剤などを飲みながら、2021年まで働きを続けました。なんとかギリギリ倒れずに、医師に診断書を書いてもらって休職、とならずに済んだことは、皆さんが支えてくださったからです。主の支えが一番でしたが、皆さんの暖かい愛があったからこそ、休職も入院もせずに2021年までいられたのです。

　そして、2021年の高知クリスチャンセンターの突然の閉所、私も激しい混乱と痛みと悲しみとがありましたが、今後どうするかを急に決めなくてはならなくなった。
　そしてすぐに頭に浮かびましたことは、県外の招聘して下さる教会を捜す、あるいは、高知で開拓伝道を始める、あるいはどこかの教団の神学校に行き直し学び直し、その教団の教職になる道を求める、この3つの選択肢が頭に浮かんだのでした。しかしそれらのうちいくつかは、人間的な考えだったと思います。
　しかし高知のある牧師先生から、高知クリスチャンセンターに集っていた魂はどうするのですか？田村先生がみるべきでは？という声もいただきました。私はハッとしたんですね。8年の間に、あの山で泣きながら祈った時に主からいただいた御言葉の約束を忘れかけていました。
　確かに、あの状況はのっぴきならない状況だったと言えるでしょう。だから県外の教会に田村は招聘されました。そこの牧師になりました。そうなったら、おそらく誰も責めないでしょう。牧師が任地が無くなった時に、別の教団の教会が、招聘してくれて、そこの牧師になったとしたら、「ああ、よかったですね、おめでとうございます」と、だいたいの人に言われると思うんです。何の問題もないように見えます。けれど、それは、主を裏切ることにならないか。今向き合っている魂から逃げることにならないか。そう思って、かつて山に登って主の御声を聞いて、そしてペテロを演じてみて与えられた、逃げずに向き合う、という姿勢を、もう一度取り戻させていただいたのです。

　そして、怒涛の毎日を過ごしました。閉所を知らされから短い1か月半の間に、住むところを探し、いや何より礼拝場所です。祈って祈って動いて動いて、色んな牧師先生方に祈っていただいたり、教団で空いている礼拝場所と空いている牧師館などはないか、と、駆けずり回りまして、しかし、それぞれの教団の規約などの関係で、どこも、入ることができませんでした。
　そして細かいことは省きますが、前から知り合いだった益田さんが、格安でこの場所を貸してくださることになり、また、今は引き払いましたが、家族3人で住めるマンションも見つかって、2年間住むことができました。必要のすべてが与えられました。まさに道なき道を、閉所直前の礼拝説教でもお話しましたけれども、ちょうど出エジプト記のあの海がザッパーンと分かれる前に、神さまはモーセに「イスラエルの民に前進せよ、と言え」とおっしゃって、まだ分かれていないのに進んで行ったように、何か将来が約束されているからそこに行くんじゃなくて、何にも道がない。けれども、主の言われる通りに進んで行ったら、そこに道ができた、ということを体験させていただきました。それ以来2年間は、本当に劇的にメンタルも回復して、心の健康も取り戻して、本当に神さまの恵みのうちを歩ませていただき、祝福のみわざを見させていただいております。

　2年前、また逃げようとしていた私は、やはり主を裏切るペテロであり、ユダであったと思います。ユダだって、それなりに自分なりの考えがあり、自分なりの正義があったことでしょう。一説には、彼は熱心党員だったとも言われています。
　熱心党員というのは、その名の通り熱心で、しかし、その熱心さというのは、世直しのためには、暴力を使うこともいとわない。そういう政治的にいわば過激なグループです。ですからイスカリオテという意味にはいくつかの説がありますが、短刀つまり、短い刀を持つ者、という意味だという説もあるんですね。

　その真偽はともかく、ユダは自分なりの正義をもっていた。お金が欲しかったのはあったかも知れないけれど、それは二次的なものでしょう。銀貨30枚は、1枚4デナリの価値だったそうですから、1日の労賃である1デナリを1万円と考えても120万円、5000円と考えたら60万円、もっとも、この時代はこの銀貨の貨幣価値が下がっていたから、せいぜい10万円くらいの価値しかなくなっていたでしょうから、そういうことを言う人まであります。ユダはもっと理想があったでしょうから、このできごとの直前に、イエス様の埋葬の用意のために、頭に高価な香油を注いだ女の人の話が出てきます。ここでイエス様が「この女性は、わたしの埋葬の用意をしてくれた」とおっしゃった瞬間、「ああ、こいつはいよいよダメだな」って思ったかもしれない。今までも死と復活を予告された、ユダも、イエス様のことを、メシアだと思っていたと思います。でもそのメシアとは、この当時一般的にユダヤ人たちが思っていたメシアのイメージ、革命を起こして、ローマの兵隊たちやローマ総督などを追っ払ってくれて、あのダビデ王の時代のような、ユダヤの独立国を打ち立ててくれる、政治的な救い主メシア、を期待していたのでした。そんな人の、葬りの用意をしてくれた？死んだら王にはなれないじゃないか。ここまでついて来た、従ってきたのに、こんなはずじゃなかった。だから、こんなはずじゃなかった、という時に、人は主を裏切ろうとするんです。2年前の私、さらにその8年前の私のように。

　でも、ユダはしばらく、それが裏切りだとは思っていません。ユダの中で行動になんらかの筋は通っていたことでしょう。こういうことを言う人もあります。口づけで裏切る。これも、ちょっとイエス様をピンチに陥らせて、メシアとしての使命をもう一度思い出していただこうと思ったとか、そういう説を言う人もいます。それなら、その後に、あれよあれよという間に、本当に十字架刑になってしまって、自分がやらかしたことの重さに恐ろしくなって、銀貨を返すだけでは、自分の罪責感に堪え切れなくなって首を吊ったのだという筋の通った説明もできるかもしれません。しかし、それも想像にすぎないものです。

　で、冒頭で、お見せしました、絵画ですね。これはジョット、という中世の画家の「ユダの接吻」という作品です。これは色々味わいがある絵画だと思いますけれども、イエス様の後ろの後光のようなものが、鮮やかな金色に見えますね。他にも、剣や棒を持っている人々の躍動感がありますね。後ろでは、後光が差している弟子のペテロが、大祭司のしもべマルコスに打ちかかり、その耳をまさに切り落しているところも描かれています。そして、ユダはイエス様に抱き着いてまさに口づけしようとしていますが、このユダのまとっている服の色、この黄色は、ここでは裏切りを表す色なんだそうです。ユダの顔は、醜くゆがんでいる。その裏切りの色でイエス様を包もうとしている。自分の中に包もうとしている。しかしイエス様はものともせずに、凛として背筋を伸ばして立っている。決してその裏切りの色では包むことのできないイエス様のお姿です。

　イエス様は、この時凛となさりながら、「友よ」と、ユダに呼びかけられました。これも皮肉で言われたわけではありません。この「友よ」ということばは、親しい愛のよびかけで、神の愛に近いものだ、と言う人もあります。そして、ジョットの絵画では、イエス様がユダに「己の罪を見つめよ」とでも言っているかのような厳しい表情をしておられる。これは真実だと思うわけですが、何人かの牧師先生が言っていることですが、この時にユダに向けられていた主イエスのまなざしは、いつくしみ深いまなざしではなかったか。最後まで立ち直るように期待しておられる、あわれみのまなざしを向けていたのではないか、ということです。イエス様は「友よ」とおっしゃっていて、「かつて友だった者よ」とはおっしゃっていないからです。

　マタイの福音書は、ユダに対する慈しみのまなざしがあります。細かいことのようでありますけれども、14節には「12人の1人で」以前の新改訳第二版の翻訳ではもっとはっきりと「12弟子の一人で」となっています。20節でも「12弟子と一緒に食卓に着かれた」となっています。なんでもないことのようですけれども、もうすでに裏切ったユダを「かつて12弟子の一人だった」とはマタイは書かないんです。ですから、マタイは、ユダのことを、こんな悪い人間になっちゃだめなんだ。こいつは悪い見本で、私たちはそうならなくて良かったんだ、読者よ、あなたはこんな人間になっちゃダメだよ、という目線で、書いていないっていうことですね。マタイは、私たちは皆、ペテロのように、そしてユダのように、神を裏切る人間なんだ、そして、それを包み込む、もっと大きいイエス様のご愛を描いています。

　54節、
54しかし、それでは、こうならなければならないと書いてある聖書が、どのようにして成就するのでしょう。」

　という主イエスのことばがありますが、この「こうならなければならない」の「ならない」とは、もとのギリシャ語でデイとうことばです。以前にもお話したことがあるかもしれませんが、英語でいう単にマストということとは少し異なります。単に自然の流れでこうならなくてはならないとか、いろんな人の思惑によってこうならなければならない、ということではなくて、これは神の意志を表します。神のご計画によってこれがなされなければならない。

　それがまさに、あの十字架でした。この十字架の身代わりの死によって、私たちの罪は完全に赦されました。
　ユダも不思議なもので、そのユダの裏切りの行動がなければ、ある意味で十字架は成立しませんでした。祭司長やポンテオピラトがいなくても成立しなかったわけですが、しかしそれは祭司長の意志によって、あるいはユダの意志によって十字架の死が起こったように見えるけれども、けれどもことは本当はそうではなく、神の永遠の昔からのご計画によって、その十字架による全世界の人の罪のゆるし、そして私やあなたの罪の赦しが完成しました。

　ユダが、イエス様に口づけをしようとする時にイエス様にかけたことばです。(49節)

先生、こんばんは

　何とも気が抜けるような表現かもしれません。実はここは、翻訳する人が苦心するところなんです。
　もとのことばは、―今日はいくつかギリシャ語を出しますけれども―カイレラビ、ということばなんです。ラビというのは先生、ユダヤ教の教師に対する尊敬を込めた呼びかけです。ここは翻訳は迷わないんですね。しかしその後の「カイレ」という言葉、これはもともと「喜びなさい」ということばなんです。
　そうしますと思い起こす方もいらっしゃると思います。あのパウロのピリピ人への手紙第4章4節。「いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。」これも、カイレ、なんです。カイレというのは、シャローム、平安あれと同じく、当時広く広まっていた挨拶のことばです。喜びなさいという意味のことばで挨拶をしますけれども、朝でも昼でも夜でもカイレと言いますから、もとの意味は意識せずに使うでしょう。ですから、これを訳す時に、ごきげんよう、とか、ハウ　アー　ユーの意味に取って、ごきげんいかがですか？のように訳している聖書もありますけれども、日常の挨拶だから、でも朝でもなくて昼でもなくて、夜だから「こんばんは」と訳したんだと思います。
　けれども、マタイは、このカイレということばを、どうも意識して使っているふしがあるんです。そしてやはりイエス様に対して、冷笑気味に、冷ややかな笑いを込めて、「センセ、喜んでクダサイよ」とユダは言っているんだと思います。そして、この後、もう2回、カイレということばが、この福音書の中に使われます。一つは、第27章29節です。

29それから彼らは―ローマの兵士たちですね―茨で冠を編んでイエスの頭に置き、右手に葦の棒を持たせた。そしてイエスの前にひざまずき、「ユダヤ人の王様、万歳」と言って、からかった。

　この「万歳」がカイレなんです。王様に対する挨拶だから、万歳だろう、ということでこう翻訳したんだと思いますけれど、この王様ごっこですね。死刑囚を死ぬまでいたぶるのが、このローマの兵士たちのならわしでしたから、王様のマントに見立てた緋色のマントを付けさせて、金や銀ではなくて茨で編んだ冠をかぶらせて、「へっへっへ、ああこれは王にふさわしいお姿になりましたなぁ、喜んでクダサイよっ！」ってやってたわけですよね。ここにもまことに冷笑、冷たい笑いがあるわけです。

　最近は冷笑系なんて言葉もでてきましたけれども、いつからでしょうか？私たちは多かれ少なかれ、冷たい笑いを覚えて来ました。
　娘の通っていた幼稚園の子供たちを見ても分かるんですけれど、子供たちが冷ややかに笑うことは、ほとんどありません。心の底から無邪気に笑います。私たちも皆、多分子供の頃そうだったと思います。
　けれど、ばかにしたような笑い、冷たい笑いを覚えるのは、おそらく大人になるにつれて、裏切られる経験を重ねるからでしょう。まっすぐに愛を求めて関係を築こうとする。あるいは目をキラキラさせながら、何かにかけたり打ち込んだりしてみる。けれど、ある時幻滅する。自分の願いや理想や愛が、裏切られるような経験をするんです。ああわかった、ああそうなのね、はい。そうやって、自分の思い通りじゃなかった。その時に、私たちは、もういいです。とシャットアウトする。そして、しばしばそういう時に、その背後におられる神をもシャットアウトすることさえある。それが、私たちが繰り返し主を裏切る存在であるということの正体だと思います。

　でもそんな私たちの冷ややかな笑いを、心から笑えるように、主は変えて下さる。本当に笑うことができるように、主は私たちの裏切りを引き受けてくださった。50節で主は「友よ、あなたがしようとしていることをしなさい」と言われました。あなたの裏切りをわたしが受け入れよう。それは神さまがお定めになったことだ。そうして、十字架の道行きを行かれる。じっと、じっと幾度も鞭を受け、肉が裂け、いばらの冠をかぶらされ、その頭から血潮がしたたり落ち、十字架を背負って悲しみの道を進まれる。受難というのは、英語でパッションです。パッションと言いますと、受難というよりも、おそらく私たちがすぐ思い浮かべる日本語は、「情熱」です。私たちの、冷ややかな笑いを熱く解きほぐす主イエスの情熱がそこにある！

　カイレ、喜びなさいという挨拶が、最後に出て来ますのは、第28章9節です。

　復活のイエス様が、マグダラのマリアと他の女性たちの前に現れなさった。そこでイエス様は「おはよう」と言われた。という翻訳で覚えておられる方も多いと思いますが、ここも「カイレ」なんです。喜べ！喜べ！
主イエスは、ユダが使った、そして兵士たちが王様ごっこをして冷笑する時にさえ使った挨拶のことばをまったく変えてしまわれた！その喜べ！というのは、あなたの罪はゆるされている！何度でも、何度でも私の愛から始めたらいい！どうしてこんなことが起こるのか、って、裏切られるような経験をして、冷たい大人の笑いを覚えてきたかもしれない。けれども、どんなにとんでもない経験をしたからといって、その度に自らの心を冷たく凍らせてしまって、それゆえに主を裏切りそうになったとしても、いや繰り返し裏切ったとしても、主イエスはあなたのことを決して裏切らない！　人の足りなさや欠けや失敗や、時には悪意でさえも、主は善のために用いられて、【神の必然が、そこで成っていく】ではないか！主の熱いパッションが、冷めてしまった心を暖めてくださる。私たちが裏切りの衣で主イエスを包もうとしても、主イエスはそれよりも大ーきな大ーきな愛で、あなたを包んでくださっています。
　
お祈りをいたします。
恵みとあわれみに富みたもう、私たちの主イエス・キリストの父なる御神
あなた様は、主イエスをこの世にお遣わし下さり、ご受難の道を、愛する御子に通らせなさいました。私たちは何度も何度も、主イエスを裏切る者です。けれど、その裏切りの罪を、何度も包むかのように赦してくださり、その愛の御手で抱きしめてくださることを感謝いたします。おひとりひとりの心を、あなたのパッションが溶かしてくださり、心からの喜び、心からの笑いをお与えください。いや既にそうして下さっていますことを心から感謝いたします。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。