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「あなたみたいに、なれない」

頬はうっすらピンク色。
プックリとした形の整った唇はとてもセクシーで、白い肌に品よく映える。
背はスラリと高く、近くで話す時は首が痛くなるほど見上げねばならない。

シルバー色の髪は自然にカールしていて…まさに雑誌の中のモデル!のような大人の男性である彼は、一緒に仕事をしていた仲間である。

女性のお客様から絶大な人気で、本気で狙っている人もチラホラいる模様。
その業界に長いプロフェッショナルで、接客は上手だし、ユーモアもある。
その職場には私の方が後から加わったし、私の方がずっと後輩で、憧れとはまた少し違う、でも同じ空間にいると必ず目に入る先輩の一人だった。


私はもともと、幼い頃から「落ち着いている」だとか「大人っぽいね」と言われてきた。雰囲気なのか、見た目なのか…ともかく言われなれていて、自覚もあった。ところが、何ということかヨーロッパへ行くと急に幼くなるのだ。自分でも感じた。

業界での経験のなさがそうさせたのか、よく聞くように日本人は幼く見えるということだったのか。

おそらくは、自信のなさがそうさせたのではないかと思う。

必死だった。
自信がなくても、明るく元気に、そして何よりエレガントに振る舞う必要があった。

心を開ける人にはなかなか出会えなかったし、私に心を開いてくれる人もなかなかあらわれなかった。
言葉も思うように通じないし、自分の足りないところを痛感し、こっそり泣いたりもした。
100人以上もの同僚がいたけれど、孤独だったな〜…

数ヶ月経ち、心を半開きにするくらいの仲間もできた。私を『シス(お姉ちゃん!?)』と慕うかわいい妹のような存在や「ボーイフレンドかい?」と冷やかされるくらいの「フレンド」と呼べる仲間も。そして、議論というにはほど遠いけれど…終わりの見えない口喧嘩も出来るようになっていた。

その頃には「大人っぽい」私も見え隠れするようになってはいたと思う。…けれど、依然として、自信はないし頼りない、失敗ばかりの私であることに変わりはなかったであろう。
まわりに心配され、励まされ、助けられ、なんとか乗り越えた日々だった。

約束の期間を終え、私が日本へ帰る日が近づいてきたある夜、そのモデルのような彼と二人きりになったのだ。
オフィスで一人残って仕事をしていたところへ彼がやってきた。


「お誕生日おめでとう」と、渡された封筒。開けると素敵なカードに手書きのメッセージ。誰かの話を耳にしたのだろう、私の誕生日の当日だった。

驚いた。
バースデーカードは、とても嬉しかった。
本当に。

でも、きっかけが必要だったのだと思う。帰国する間際が私の誕生日だったことは、彼と私の間においては、タイミングとして良かった。

面と向かって話したのは、初めてだっただろうか。仲間達と数人で出かけたこともあったけれど、何というか少し「鼻につく」感じがしたのだ。完璧に見えるところとか、目が合っても「ふん」と、そらされる…とか。
少なくとも、私にはそう見えた。

二人きりで話す彼は、びっくりするくらい、心を全開にして自分自身を見せてくれた。
しかも、いきなり。

「あなたみたいに、なれない」


…え!?
いや、ならなくていいでしょ。
っていうか、どういう意味!?

「こんなに生きていて、誰かに愛されたことなんて一度もないし、これから先も出会える自信ない。とっても孤独なの。どうしよう、このまま死ぬまで愛してくれる人に出会えなかったら」


…考えるより、言葉にするより先に、抱きしめていた。

私がもっている限りの一番やさしいハグだったと思う。
彼の方がずっと大きいのに、ずっと大人なのに、彼をまるごと包みこんだ。そういうハグだった。

一瞬で状況がつかめた、と思う。

キラキラ輝いて見えた彼は、実は私よりも孤独だったのだ。

「あなたは、あなたが思っているよりずっとチャーミングだし、完璧でいようなんてどうか思わないで。さみしかったら、さみしいって言っていいし、そういうあなたを見るとハグしたくなる。もっと気持ちを見せてみない?」

ずっと自分ばかりが孤独だと思っていた私が、目の前の彼を励ましている。こんなことってある?
何だか、おかしいったら。

私がこの職場を去ると知り、意を決してやって来たのだろうか。
心を開こうと狙いを定めてやって来てくれたのが、この私?

目と目をそらさず、ひとしきり心の内を話してくれた彼。オフィスを訪ねて来てくれた時より、もっと素敵に見えた。

(そうだよ、そんな風に何でも話せばいいんだよ)

「…で、どんな男性がタイプなの?」
「それが…愛が、恋が何なのかわからないの。ホント、こんなに生きていて恥ずかしいけれど…あぁもう、やだ〜わかんない!」

ちょっと、なに。可愛い過ぎる!

男も女もない、この目の前の一見、キラキラ輝くジェントルマンが「恋って何なの〜」ってモジモジ言っている姿、愛さずにはいられない。

あ〜…
今だからわかる。
同僚の私への心配は『心配』だし、励ましは『励まし』であり、愛や恋ではないのだよ。
彼にはそれが愛や恋に見えたのだろう。
「あなたみたいに、なれない」
そういうことね。

本気で狙っている女性客にはお気の毒だけれど、今ごろ彼は恋をして、彼を愛してくれる男性と一緒にいるのでしょう。

心を全開にした彼は、ホントにチャーミングだから。








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