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肝臓をいただく、ということ①

2023年12月25日、クリスマスに肝移植手術を受けた。
ここまで来るのに、長かったのか短かったのか、分からない。
ただアドレナリンが出ていたのか感情の起伏が、いつもより激しかった。
命が繋がったこれからにおいて、この1〜2年の特殊な状態は、あっという間だったという感覚になるのかもしれない。
今、感じていることをありのままに綴ろうと思う。

狭き門が狭くなかった

肝移植以外、助かる道はない。
そう私に告げた担当医は同時に「肝移植は狭き門」とも言った。
肝移植手術ができる病院も医師も限られている、難しいとは思うけどダメもとで聞いてみたら?という感じだった。
だから実際に東大病院にコンタクトをとったとき「明日、すぐに受診予約してください」と言われて、またあっさり予約ができて驚いた。
門前払いじゃないんだ、受診はさせてもらえるんだと、思った。翌日、東大病院の移植外科の中待合にいると、なんだか不思議な気分になった。
極度の緊張もあったが、このドアの向こうにいるドクター次第で、移植できるかどうか決まるんだ、どうしたら移植してもらえるのかなと、考えている自分がいた。
私は肝移植の話が出てからずっと「人のお腹に傷を負わせてまで、生きたいのだろうか」と考え続けていた。
最初に余命3ヶ月と言われてから1年、自宅療養中はいろいろあるにはあったが、家族や友人とずっと笑顔で過ごすことができて、楽しくて、幸せだった。
「もう充分」と思えるほどに。
だから自分がどうしたいのか、分からなかった。

診察室に椅子に座っている医師は、そのときの私にはとても大きな人に見えた。
東大のドクターという先入観や、私の寿命みたいなものがここで決まるかもしれないとか、ぐるぐる考えたら、逃げ出したくなった。
そのとき診ていただいたA先生は、明るい表情で、気さくに話す人だった。
私を見たとたん「末期だね。早く手術しないと」と明るく、はっきり告げた。

移植コーディネーターとの面談

A先生の診察後、移植コーディネーターの看護師が、私の家族構成やこれまでの生活について聞き取りをした。
移植コーディネーターは「関連部署と連携協力しながら、生体ドナー・レシピエント、家族が抱える問題の解決のための支援をする」という重要な役割を担う。
移植コーディネーターになるには公益社団法人日本臓器移植ネットワークの採用試験に合格する必要があり、「医師」「看護師」「薬剤師」「臨床検査技師」「臨床工学士」など医療従事者としての国家資格を取得しているか、大学を卒業していることが受験資格となるという。
担当してくれたOさんは私への聞き取りを終えたあと、今不安に思っていることがあるか、を聞いてくれた。
私は費用やドナーの対象者がずっと気になっていて、それらが移植に前向きになれない理由の1つであると率直に伝えた。
引用:日本臓器移植ネットワーク

レシピエント

移植を受ける人

生体ドナー

肝臓提供者

肝移植費用

保険適応疾患の肝移植手術に対しては、高額療養費制度や公的補助が適応される、ということだった。
ドナーも検査前から術後3ヶ月まではレシピエントに請求される。
1,000万〜2,000万単位で費用が必要なら、難しいなと思っていたから、少し安心した。
引用:日本肝臓学会

ドナーになれる人

東大病院のルールではドナーになれる人は親、兄弟、配偶者、20歳以上の子供と定められている。
私の場合、親は高齢、子供は高校生と中学生だったので、可能性があるのは夫と妹だった。
ここでも少しほっとしたのを覚えている。
親族をどこまで指すのか分からないが「適合するなら親戚の誰かにドナーになってもらう」のような話になったらどうしようと思っていた。
子供がドナーになるのは年齢的に難しいからあまり考えていなかったが、もしそんなことになったら辛いなとも。
どちらにせよそこまでして生きたくないと思っていたので、夫か妹しかドナーになれないと聞いたときは、気が楽になった。
移植コーディネーターのOさんに「妹さんに連絡とれますか?」と聞かれた。
私と妹は仲が良くて、よく2人で食事をしたりお買い物に行ったりしていたから、びっくりする質問だと感じたけど「兄弟姉妹と言っても関係性はさまざまだもんね」と妙に納得した。

ドナーの適合検査

Oさんは「先生も早く手術をと言っているし、ダンナさんと妹さんの適合検査を進めましょう」と言った。
ドナーになってくれる可能性がある夫と妹は、2人とも私と血液型が違う。
その時点でダメなんではないか、と思ったが、A先生は「2人も検査を受けてくれるなら、どちらか1人は適合するのではないかな」と言う。
夫と妹は東大病院で、ドナー適合の一次検査を受けてくれていた。
2人は移植コーディネーターに何度も聞かれたことがあるそうだ。
「迷いはないですか、断ることは悪いことではないから」。
断る人も、もちろんいるという。
妹は「迷いはなくて、むしろなれなかったらどうしようと思っています」と答えた。
妹は私の子供をとても愛してくれているから、両親が一緒に手術を受けること、もし2人ともに命の危険がある事態になったら、子供たちがどんなに心を痛めるかということを考えてくれていたのだ。
夫も妹もそれぞれの思いを抱えながら、でも私が生きる最後の道として、ドナーになる決心をしてくれたのだと思う。

ドナーが受ける主な検査項目

  • 血液検査 

  • 心電図

  • 胸部、腹部レントゲン検査

  • 呼吸機能(肺活量)

  • 腹部超音波検査

  • CT(造影)検査 

  • 内視鏡検査

などがある。

ドナー検査の結果


検査を受けた2日後、結果が出た。
夫は適合、妹は血液検査で少しひっかかった。
妹はまったく予期していない結果に心底驚いたのだと思う。
本人が言うには「すごく動揺して、A先生に再検査をお願いした」という。
再度、血液検査をしたけど、数値は変わらなかった。
その日、妹は湯島で大好物のスイーツを食べようと思っていた。でも、あまりのショックで食べられなかった。
ただ結果を告げるとき、A先生がすごく気遣ってくれたことは嬉しかったという。
「何度も来てもらったのに希望に応えられなくて、申し訳ない」と言い、診察室を出る妹に「お大事に」と声をかけかけて、違うなと思ったのか「おつかれさまでした」と言ったという。

夫は2次検査に進み、ドナーとなれることが確認できた。
私はこのときもう耐えきれないほどの腹水と脊髄圧迫骨折で苦しくて痛くて限界で、家の近くの赤十字病院に入院していた。
入院中、夫が適合したという連絡がきたとき、嬉しかった。
やっぱり私、生きたいのかな、と思った。

血液型不適合について

レシピエントとドナーの血液型が不適合の場合(=血液型不適合移植)は、抗体関連拒絶という致死率の高い拒絶反応が大きな問題だった。
だが2016年に保険適応となったリツキシマブという薬によって拒絶反応を予防する治療方法が確立され、現在では血液型適合移植と同等の術後成績が得られているという。
こういった実績があるということは聞いたから、血液型の不適合については投薬のため入院が長くなること、適合よりは拒絶のリスクは高くなるということはあるにせよ、そんなに心配していなかった。
引用:東京大学病院

術前入院生活 初期

東大病院に入院したのは11月中ごろだった。
東大病院は建物から歴史や権威みたいなものを感じる佇まいで、なんだか怖かった。
最近まで入院していた赤十字病院は、近年、建て替えたばかりできれいで明るかったし、部屋の窓からちょっぴりの海と、大きな橋がブルーにライトアップされるのも見えて、気持ちよかった。
東大病院でも窓側だったけど窓の外から見えるのは病院の別棟で、薄暗かった。

病室にプライマリーナースの看護師さんが来て、今日、予定されている検査を説明してくれたが、私はぼーっとしていて、あまりよく分かっていなかった。
のろのろと着替えていたら、鼻血が出た。
鼻血は肝機能が低下するとよく出る症状のひとつだが、さらに私は出血が止まらない傾向にあったから、もたもたと鼻にティッシュを詰めたり着替えたりしていた。でも看護師さんはやたら焦っている。
今なら1日にいくつかの検査があったから、時間通りに進めないと私に負担がかかると配慮してくれていたんだと分かるが、そのときはとにかくテキパキと鼻に栓をされて、車椅子に押し込まれたと思っていた。
検査から戻ると、肝移植手術についてと、入院中に肺を膨らます訓練をすること、尿量、飲水量を記録することなど説明された。
「尿量、飲水量はきっちり正確に測ってください」。
規律を遵守しないと、怒られそうだった。

プライマリーナース

プライマリーナースは入院中から退院後の生活まで見据え、看護計画を立てる看護師。日勤、夜勤の看護師は毎日、担当が変わるけど、プライマリーナースは患者1人ずつに1人の看護師が担当してくれる。
私は看護師6年目のYさんが担当してくれた。

検査の日々

検査は全身、多岐に渡った。

  • 血液検査

  • 尿検査

  • 胸腹部レントゲン

  • 腹部エコー検査

  • 腹部(造影)CT検査

  • 心電図、心臓エコー検査呼吸機能検査

  • 歯科受診(虫歯は抜歯)

  • 血液、尿培養検査

  • 上部消化管内視鏡検

  • 下部消化管内視鏡検査

  • 女性:乳腺エコー・マンモグラフィ、婦人科診察

  • 麻酔科診察

  • 精神科医師による面談

など、毎日何かしらの検査がある。
いつもならそこまで辛いとは感じないのだが、このとき私は脊髄圧迫骨折をしていて、トイレまで歩くのがやっとだった。
そしてベッドに寝転ぶのも慎重に慎重にしないと、激痛に襲われる。
検査室に行くたびに診察用のベッドに移るのが、ものすごく苦痛だった。
診察用のベッドは固く、角度もないから腰にダイレクトに痛みが走る。その姿勢のままじっとしてください、と言われるたびに気力が削がれていった。
とんでもないところに入院してしまったと思っていた。

東大病院の食事

東大病院の入院食はけっこう美味しいとネットの口コミで見て、楽しみにしていた。
実際には短期の入院なら喜んで食べられるくらい、だろうか。
最初の2〜3週間は「薄味の中にもお出汁の旨味が効いて、美味しいわ」と思っていたけど徐々に食べられなくなっていった。


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