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パ・リーグの平日ナイター

 もともと、人ごみは避けて過ごしたいと考えながら暮らしている。

 仕事がら、土日祝日よりも平日に休みを取ることが多い。自宅からもっとも近いZOZOマリンスタジアムだけでなく、連休を取って遠征に出かけるのもほとんどが平日。自分としては、これがわりと気に入っている。

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 野球ファンとして、平日に仕事を休むメリット。まず、ほとんどの球団が導入している価格変動制の恩恵を受けることができる。プロ野球のチケットもじわりと値上がりしているものの「ここならもぐりこめる!」と手が出るシートもあるのだ。どこの球場に行っても、私が座るのは内野のいちばん安い席。マリンなら2階(上段)の自由席。季節によっては冷たい海風が吹き抜けたり西日がきつかったりするけど、美しい夕暮れを堪能することができる。当然、ビールもうまい。

 特にパ・リーグの球場だと、平日の集客はそこそこ。子どもが増加する夏休み期間を除けば10000~20000人の間を行き来するくらいか。プロスポーツなのだから常に満席状態であるのが好ましいのだろうが、年間70試合前後が開催されているし、時にはゆるい雰囲気の日もある。平日の試合は、とにかく野球が好きで通い詰めている熱心なファンと、「ヒマだから来てみた」という地元客が多く、そのコントラストがまたいい味を出している。

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※写真は2019年のものです。

 地元の娯楽として野球が密着しているシーンを見るのが好きだ。個人的にたまらなかったの7年ほど前の仙台・Kスタ宮城(現・楽天生命パーク宮城)。私は三塁側の内野席に座っていた。レフトポールに近く、グラウンドでのプレーとイーグルスファンの応援の声がほどよく堪能できる位置だ。試合開始から1時間ほど、19時をまわってから近くの席に50代後半くらいと思われる男性がやってきた。当時も試合開始後に価格が下がる「おばんですチケット」があったかどうか、記憶は定かではない。男性は着席するなり、まずビール。わかります。仕事が終わって、球場で呑むビールって最高ですよね。その後もビール。矢継ぎ早にビール。とにかく呑む。あの、試合、見てます?と気にかける間もなく、男性は舟をこぎ始める。座って1時間も経たずに眠ってしまったのだ。お疲れなんですね。

 21時が近づく。試合はまだ7回。やや展開が遅い。マウンドには小山伸一郎がいたと記憶している。仙台での長引く試合はここから盛り上がることが多いぞ、なんてことを考えていたら、先ほどの男性がむくりと起き上がった。見たところ、帽子もユニフォームも着用していないし、イーグルスのグッズも身に着けていない様子。誰か好きな選手とかいるのかな、なんて考えていた矢先、男性は席を立った。トイレか?

 結局、男性は席に戻ってこなかった。そういえば荷物を持っていってたな。帰ったのかよ!

 しかし今にして思えば、こんなにぜいたくなプロ野球との付き合い方もない。試合開始から1時間だろうがおかまいなし。ちょっと立ち寄って、ちょっと野球を見て、ちょっと(ちょっとじゃないけど)ビールを呑んで、ちょっと居眠りして、目が覚めたら家路につく。ある程度のマニアになっている自分には考えられない行動だ。「呑みたいからビールを呑む」はともかく「眠いから帰る」という項目はなかなか選択できない。それでも男性にとってみれば、こうした行動が日常であるのだろう。つまり、街中にある居酒屋と同じ感覚で球場を利用している。あの男性の行動こそ、プロ野球における地域共生の究極の縮図だったのかもしれない。

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 球団とファンにとっての普段着の試合をよそ者が見るのは、なんだか他人の生活をのぞき見しているような気分でもある。でも、なんかいいでしょ?たとえばサンドウィッチマンが一般家庭のお風呂を拝借する番組を見ると、その家で普段から食べている晩ごはんの様子も映し出されるし、家族同士の会話も見ることができる。それに近いシーンを球場で見かけると、とてもホッとする。「よそ者がどうこう言わなくても、このチームにはこのチームなりの『家庭』ができあがっているのだな」と。日常と非日常が当たり前のように交錯する、それもまたプロ野球らしさのひとつ。翻ってみれば、自分がビールを呑みながらのんびり観戦しているマリンの隣の席で、遠征してきたファンが夢の国に来たかのようにわくわくしていることだってあるのかもしれない。

 自宅の近くにパ・リーグの球場があるなら積極的に立ち寄ってほしいし、雰囲気だけを目的として平日のナイターを観戦するために遠征するのも、またオススメ。こういう日常を、今は待ち望んでいます。

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