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他者という不安を愛せ――『メタファー:リファンタジオ』クリア後総合レビュー

メタファー一周目クリアしたぜ~!! おもしろかった! 座れる体調になってほんとうによかった!

来週、12月5日木曜日21時からYoutubeチャンネルに復帰し、リハビリにメタファーの読解実況配信をしていこうとおもうのでぜひぜひみてね~~!

ていうのも、リハビリにやれるくらいいろんな表現が親切というかナイスで全体的にかなりプレイ感触がいいからなんだな。
今回はストーリーの具体的な展開のネタバレにはあんま触れず、プレイ感の面でレビューしていこうとおもうので、未プレイでやってみたいけど自分に合うかな~とおもってる人への情報提供になれば幸い。


要注意点・改善点なところ

まず、プレイ感触として今作はいい意味で「『ペルソナ3~5』の次回作」だ。ゲームの進行形態や味わい方はほぼ同じだと考えていい。
そのうえで、ペルソナ3~5と比べた注意点を先に述べておく。

事態がずっと緊迫してる(良い)

これはテーマに沿ったいいところでもあるんだけど、今作は最初から『ペルソナ3~5』でいう10月くらい以降の「いよいよヤベェことになってるぞ」「もうだめ世」「サツバツ‼」というストレスフルな状況がずーーっと続くことになる。そのへんの人もバッタバッタ死ぬし主人公と知り合った人も死~ぬ死ぬ。動物ちゃんも死ぬ(序盤の雑魚的も軍用ワンちゃんが怪物化してきたものだったりする)。悲しい。
ペルソナ3~5の魅力のひとつである「楽しい学生生活」的なリラクシングな部分ばかりは今回は楽しむことはできない。かわりに現代劇では味わえないガチの冒険のワクワクがある。

その結果として、というところもあるが、やることやプレイ時間は十分満足でおかしくない美味なる盛り合わせではあるのだが、『ペルソナ3~5』に比べてしまうとどこか満腹感に欠けるきらいはある。逆に言えば、ぼくのような冗長性を愛するしつこ野郎ではなくペルソナ3~5だとちょっと長すぎて困るわ……と感じていた人にはピッタリといえるだろう。そこはそれぞれの胃もたれの問題。

音楽はいつもの感じではない

『ペルソナ3~5』の特徴と最も違うところといえるのがココである。ペルソナ3~5は歌入りのカッコいいオシャレ音楽がゲームBGMであるところがとても大きな魅力だし、目黒将司サウンドといったらペルソナシリーズのボーカル曲、そしてハードかつメロディアスなエレキギターのボス曲が代表的だろう。『女神転生』シリーズの流れをくむ作品としても、メガテンの「悪魔を仲魔にする」と並ぶ鮮烈な特徴の一つが「戦闘音楽がハードロックギター調」だということはどうしてもファンは期待する。でも今回はそうではない。この世界にエレキギターや都会的な洋楽はないから。

それでは今作のBGMにあんま見るべきところがないのかといったらそうでもない。アトラスの勤め人ではなくフリーになった目黒大明神をメインクリエイターのひとりに迎えて作品を作ったからには、やっぱスゲェしテーマ的にも音楽は大事な意味がある。実際どんななのかは上動画を参照されたい。

それにしても『ペルソナ3~5』にお決まり的にあったような「重要ダンジョン固有のエモいBGM(例:『ペルソナ4』の「Heaven」等)」や「ロックエレキギター旋律のアガる戦闘BGM(例:『ペルソナ3』の「Heartful Cry」『ペルソナ5』の「Blooming Villain」等)」が今回もそりゃあるでしょと思っていると肩透かしをくらってしまうので、音楽に関してはペルソナシリーズの流れというより完全新作のつもりでいたほうがよい。

でも終盤ダンジョン固有のグッとくるBGMってのは今作のテーマ的にも必要だとおれは思うぜ 完全版が出るならそこ追加されそう。あ、ちなみに、中盤以降「ここもっと力入れたかったんだろうな~」も多かったので完全版はすごい出そう。だからといって今作が尻切れβ版って感じでもないけどね!

敵が強い(良い)

これも同様にいい~ところでもある。難易度設定は細やかでたいへん親切だが、「BEGINNER」設定にしてもなんも考えんでやっとるとメニータイム死ぬことはあるので注意だ。特に初見の敵との戦闘のおっかなびっくりさたるや。
このおっかなさは「大したことないものでも情報がないだけで怖くてしゃあない、問題への対処はまず知ることから」というテーマを感得させるためにすこぶる役に立っている。良い。
とはいえ、このゲームを読むのは得意だがプレイングはイージーモード野郎なぼくでも難易度を低めにすればそれぞれの敵への対処をするのは適度に楽しむことができた程度だから、これは「そうなんだな~」くらいに思って自分なりに合う難易度を選べばいい。

ミニゲームみたいなやつ(必須)に苦労する(良いはず)

おれはストーリー上強制される潜入ミニゲームが嫌いなんだ!! でもこれもテーマ上緊迫や不安を体験させるためにいい演出ではあるからやめろとは言えねえ……。文句はないです……。
巡回警備している兵士に見つからないよう背後から手刀をかましていったり、絶体絶命危機一髪をスケボーできりぬけようとしたりといったミニゲーム?が、リトライは何回でも可能だから優しいんだが、すごく心臓とトサカに悪く、唯一の「二周目やりたくないかも」要素である。
そういうので「ン゛アーーーッ!!」てなる人ぼくだけじゃないよね?

マップアイコンが見づれえ

これだけは普通によくないポ。マップ中の店とかパラ上げスポットとかをあらわすアイコンが小さいしデザインもいまいち簡潔明快さに欠ける。小さい字とかは何も問題のないけっこう大きめのモニターで見ても「えーっと……」だし、プレイ開始当初はマジでなんもわからんことは言うまでもない。
わからんくてもしょうがない、あなたのせいではない。

序盤の街が複雑すぎる

『ドラゴンクエスト11』もそうなのだが、世界の状況を象徴する「作品世界で一番の大都市」を最序盤に置くのは勘弁してほしい。まだ操作の感覚もバッチリつかめてないのにこの高低差のある複雑な街はなんだよ!! 都会で迷子になるために冒険をはじめたわけじゃないよ!!(『ペルソナ5』も再序盤の学校への乗り換えで嫌がらせのように迷子にさせてくるが、あれは「東京のでかい駅」という舞台コンセプトの演出として許すこととする)

もちろん、『ドラクエ11』のデルカダールの街も今作の王都も町の高低差と低層マップのゴチャつきによってプレイヤーに体で社会格差のキツさを実感させるすばらしい演出ではあるので悩ましいところだ。テーマをガンと伝えるうえではすごくいいんだけどプレイ的には勘弁してほしすぎる。どうしたらいいんだ。

ちなみに王都はアホみたいにでかい街なためゲーム中のマップとして行けるところはその中のほんの少しで、王都の全体像や方向感覚、距離感は最後までわかることはないというのも無理みの強いところである。いや、わかるよ、でかい街がお上りさんのおれにもらくらく把握できる程度のマップだったら薄っぺらすぎるから見えないところがあること自体は大賛成だよ⁉ しかしな⁉
確かに『ペルソナ5』でも「1年弱で東京の全部が網羅的にわかるわけないじゃん、よく行く駅前と友達と行くスポットをポツポツ知っていくくらいだしそれで問題ないよね」というコンセプトで「確かにな」とは思ったが、それにしたってよお、いうて渋谷は現在に実在するからさ~

王都で迷いに迷ってもなんとか諦めないでほしい。一回たどりついた場所にはファストトラベルあるから。


ナイスなところ

全体的に『ペルソナ3~5』の次をいくテーマのRPG体験が、それら以上のハイエンドな品質で楽しめるといっていい。
ここでは似たシステムや味わい方の『ペルソナ3~5』と比べてさらにグッと良いといえる見るべきところをいくつか紹介する。

戦闘システムがやること多いけど苦じゃない

『ペルソナ3~5』のプレイ感の明らかな弱点として、「中盤以降の戦闘がワンパターンな作業になりがち」というのがあった。バフかけてダメージソースのキャラがバーンして適宜回復、それをボスの体力が尽きるまで繰り返す、担当キャラもおおむね正解が決まっている……という具合で。今作でも絶対ダメージソースとして正解な方法っていうのはあるのだが、ちょっと改善されている。主人公以外も育成次第で性能を付け替えられて、スキル編集の自由度も高いからだ。

なんだったらザコと戦うごとにパーティを組み換え、ジョブ(アーキタイプ)とスキルを編集することもあるほどだ。組み込みたいスキルを得るためにジョブ(アーキタイプ)の育成も欠かせない。

……と聞くと、ワクワクする人もいるけど、これは実際プレイ前のぼくが思っていたことだが「ええ……そんなキャラカスタムの攻略って大変そうかも……」と思ってしまう人も多いだろう。小学生のときのことだけど『FF8』のジャンクションシステムでくじけたんだからなこっちは! アーキタイプってガーディアンフォースみてえなやつだろ!

と心配したものの、難易度を高くしなければそこまでガッチガチに戦略を組む必要はないし、救済もいろいろあるので、アーキタイプの編集は純粋に楽しい。育成も(難易度ノーマル以上ではMAG資源が枯渇しがちな他は)サクサク快適で育成にかかわるカットインやSEなどの演出が地味に気持ちよくて、次々食べていろいろ試してしまうおつまみの美味い居酒屋みたいだ(呑みどころアカデメイア)。

人間できることよりできないことのほうが個性をなしているもんで、性能のカスタマイズ性が高いと逆に『風花雪月』の「とりあえず生徒は全員ドラゴンマスター戦法」のようにキャラごとの個性の見せどころが減ってしまうゲームも多いのだが、今作はキャラごとのパラメータの伸びがわりと極端に違うので同じアーキタイプをつけていてもキャラごとに役割が違ってくるだろう。

「できることできないことの人による違いって大事だぜ」というのもまた、今作のテーマのひとつでもあるし。それを戦闘システムで感じられるというのがとてもいい。

時間の使い方が濃い

『ペルソナ3~5』と同様カレンダー式の昼夜時間を使ってゲームは進行していくのだが、カレンダーが進んでいくどころではなく毎日毎日「新王が決する日にまた一日近付く…」という強めの演出が入り、自分があーでもないこーでもないと足踏みをしている間にも事態や社会は勝手に動いていっちゃうんだ……アワワ……という現実的なショックを受ける。しかも日数的にも『ペルソナ3~5』に比べて半分強くらいだから、かなりギュッ…!としている。

それに対応して、『ペルソナ3~5』では「日常パート」と呼べたような人間パラメーター上げの行動の内容も充実しており、単に時間を消費してパラが上がるというだけではなくいちいちかなり意味深いテキストが読めるようになっている。ペルソナ3のコミュのメイン担当としてぼくが大感謝してやまない木戸梓氏がデイリー全般を仕切っている感じなので、そのお力がいかんなく発揮されているのだろうか? 終盤はパラMAXなのに話が聞きたくてパラ上げスポット行ったよ……。

無邪気なハラスメントが少ない

ペルソナ3で順平の無理のある女漁りに付き合わされたりペルソナ4で完二のナイーヴなとこを引っ張ってイジる陽介を見たり、ペルソナ5で竜司が仲間の女性陣を面前で品評会するのをシリアスにドン引きできなかったりすんのはいたたまれなくて今はもう再プレイしがたさを感じもする。
今作は上記のようなセクハラ系以外にも悪質なイジりやいじめめいた言行が、少ないというか「良くはないことだ」というまじめにまともな目線が随所に感じられるところがよい。何度も擦られるネタはヒュルケンベルグのゲテモノを気にしないごはん大好きっぷりくらいで、本人にとっては普通に良いことなので嫌な感じもしない。特に今作の舞台は差別や偏見が蔓延しまくっていることがポイントなので、茶化してる場合ではないからね……。

アカン表現をアカンと言うと「じゃあ何か~? 世の中には悪もセクシャルもないってのか? あるものを無理に消去したフィクションを子供に見せて満足か?」みたいに言うお決まりの屁理屈もあるが、アカン表現はあるのが正しいみたいに鎮座するのではなく「アカンですわ」と感じられるように表示されながらあるのがGood、基本だけど地道に大事なことだ。

無邪気なノリの残酷を楽しめないのはぼくも制作側も年をとったということかもしれないが、基本的なデリカシーが育つのはそれよりいろんな面で良いことだろう。

大仰な言葉遣いに不自然が少ない

ペルソナシリーズは現代の高校生のリアリティレベルをある程度保つことが「日本の高校生活」らしさとペルソナならではのジュヴナイル感に必須の要素だから、3の美鶴さんや真田さんのような超人先輩はたまにいるにしてもリアルな匂いをさせた若い子の言葉遣いを心がけなければならない。
そんでも終盤ともなるとテーマをセリフとして説明させちゃう手癖があるので、普段のセリフライティングが自然な温度感であればあるほど「おいおい突然説明的なこと言い出したな……」「なんかキャラじゃなくて制作陣がしゃべりだした感あるな……」という居心地の悪さを感じてしまうのは橋野ペルソナあるあるだ。しかし、今回は違う!

今作はもちろん現代日本ではないファンタジー社会であり、序盤に仲間になるのも「貴族」「歴戦の軍人」「近衛騎士」「忍者のおっさん」とかのラインナップだし、こちとら王様選挙の演説する身なんだから、大仰だったり古風だったりの言葉遣いで理念的なタンカをきることになんのためらいもない。カッコいい言い回しを「ちょっとクサすぎるか……」「ゆかりはこんなん言わんもんな……」とかセーブしなくとも、クサくて全然カッコいい。その結果、くどいくらい美しく胸をうつセリフが大量生産されている。まさに物語のセリフだ。ペルソナの身近な若者っぽい言葉もいいしこっちもすごくいい。

これも今作のテーマである、「異なる世界の幻想が存在する意義」の面目躍如な点のひとつだろう。

キャラデザが当たり前に多様

今作は、人には8つの種族があり種族間の序列感や差別が存在するという設定のため、かえって髪や肌の色素による差別はなく、性差別もそこまで顕著ではない(身体的にも社会的にも強くなく魅力的な見た目である種族などでは、女の子の生きにくさはどうしてもキツくなるし、国主クラスの権力者は男性キャラがほとんどではあるが)。特にブラック系、オークル系の肌の色のキャラクターがメインにもモブにもけっこういっぱいいる。
結局差別はガシガシ存在するんだけど、『ファイアーエムブレム風花雪月』で性差別が紋章差別にかたちを変えてスライドして描かれたやつみたいに似てるとこも異なるとこもある差別をスライドして描くことにはいろんな利点がある。

まず、差別や社会問題のスライド表現は、現実に存在する問題を相対化・客観視することにつながり、「それって当たり前じゃないのかも」という「はがし」が社会を現実よりよくしていく重要な力なことはまさに今作の「幻想」というテーマそのものだ。

同じくらい大事なこととして、現実では被差別属性である特徴を多分に含む多様な見た目のキャラが、しかしそれによって差別されているわけではなく登場する(差別のポイントが「そこではない」らしい)ことは、実際にその特徴を自分や友達が持っているプレイヤーに勇気を与える。その特徴は「どんな世界においても差別されて当然」などではないのだし、自分たちのような人も物語のいろんな登場人物になりうるのだという、勇気といっても本当は当たり前の感覚のはずだが、その社会における被差別属性をもった人々はその自信をつねに棄損されづづけている。

ベルギッタさんのデザインカッコよすぎゅ~~

さらに、肌の色がわりといろいろで、種族ごとの身体的特徴(こちらは作中世界では差別のもととなる)も多様なので、単純にキャラクターの差別化の幅が大きくて楽しい。ずっとキャラの魅力を牽引力にしたゲームを作ってると、紋切り型の魅力的なキャラ像にどうスパイスをきかせるか……となってしまいがちだと思うが、カラーや身体的特徴のバリエが広いとどんどん新しい魅力的なバランスを開拓できる。
次はふくよかめの中年の貴婦人のキャラをお願いします(私欲)!!!!

敵対思想や大衆にも誠実

こまけえことは読解記事や読解実況に譲るが、今作のテーマである「不安」「恐れ」(そしてテーマアルカナであろう「月」のタロット)はたんに「うち勝て!」という単純なものではない。

『ペルソナ3~5』もユング心理学系だけあってひとつのテーマの白黒両面ある複雑さを描き、そのうえで昇華した境地を得る話だったんだけど、若者の話だっていうのもあって「敵となる思想」とか「大衆の愚かさ」とかと主人公勢との対立がわりと見やすかった。でも今作は敵とも対立すりゃいいわけじゃないし、大衆の愚か弱さに対しても「そうじゃない人だっている」ではない現実的で誠実な答えが積み上げられる。

若者が走っていく話では「敵」とか「大衆は弱い」とかで全然いいんだけど、これは民主主義とか為政者(王者)の話だから、テーマに真面目ですごくいいと思う。大人にも向けたゲームたる社会に対する責任感をかんじる。

プレイヤーへの信頼

この項はなんかかなり抽象的な雰囲気の話なのでメンバーシップに入ってる人用のコーナーとしていったん締める。
来週木曜21時から読解実況やるので見守ってね~~~

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