見出し画像

アウシュビッツ・ビルケナウ博物館 全てが一本の線に



週末に一泊でポーランドに行ってきた。目的は、アウシュビッツ・ビルケナウ博物館の公式ガイドの中谷剛さんのツアーに参加することだ。私の興味関心と普段殆ど一致しないおっさん(夫の通称)も、歴史でならったアウシュビッツにいけるということで、楽しみにしていた。

かんかん照りで非常に暑い日だった。午後2時に博物館前に集合し、我々含めて20人くらいで中谷さんの話を伺う。滑らかで静かな語りながらも、内に秘めた強い意志を感じさせる口調。アウシュビッツは年間200万人が訪れ、学校の課外学習でも使われて、ヨーロッパにおいて教育の重要な場所なんですよ、という話のすぐ後に、ではホロコーストの起源とは何なのか、の核心的な話が始まった。昔からずっとある反ユダヤ人意識からきていて、ロマ、ジプシーへの差別意識もその一つで、今でもこの差別意識は色濃く残ると。当時のユダヤ人は難民であり、これは今日の難民問題にリンクするもの。国際社会はホロコーストを知りながらも、ユダヤ人を救えなかった、それは欧米社会もユダヤ人を追い出した側であったから。ドイツは世界恐慌の後貧しくなり、そのスケープゴートとしてナチスはユダヤ人の迫害を行なっていき、”ユダヤ人出て行け””害虫出て行け”というヘイトスピーチがエスカレートして、ホロコーストに繋がった。中谷さんがたたみかける、「ヘイトスピーチの20年後に一体何が起きたでしょうか」

必死にメモを取りながら、すべてが一本の線に繋がっているような感覚を私は覚えていた。その週はたまたま火曜日に、「ヘイトスピーチの拡散」というタイトルでイギリスと日本のヘイトスピーチの現状についての講演を聞きに行っていたし、次の日には今私がプロジェクト管理をしている日本の戦争体験者の方の映像翻訳の作業で、一区切りついたところだった。また、3ヶ月に一度、大学の先生と一緒に「日本」の様々な問題を外の視点から考え直すことを目的とした勉強会をロンドンで開催していて、前回のトピックは日本のマイノリティ問題だった。そして、平日はロンドンの難民支援のNGOで働いている。

中谷さんの3時間半あまりのツアーは、歴史と現状を巧みにリンクさせ、あちこちに日本人への警鐘を散りばめていた。
米英軍が上空から撮ったアウシュビッツ収容所の写真と、収容者が命がけで撮った戦争犯罪を立証する写真の違いから、中谷さんはこう言った。「戦争カメラマンは、こういう政府が撮ることの決してない写真や情報を撮ってきます。それがジャーナリストの使命です。日本では扮装地帯で活動するジェーナリストが拘束されると、ジャーナリストその人が批判されますが、このようなジャーナリストがいなければ、我々は情報を得ることができません。我々の知る権利、これはジャーナリストがいて初めてのことです」と。ああ、これは、私が主催者として関わっている勉強会と、お世話になっている先生がいつも言っていることとまるで一緒だ。「ジャーナリズム=権力の監視役」という欧米社会の常識が日本の価値観とは違っていることをまさに中谷さんは指摘しているのだ。

ユダヤ人だけでなく、障害者、エホバの証人の信者、同性愛者といった”異端”とされた人々がここで殺されていった。
しかし、残虐な行為をしていても、彼らには罪悪感が希薄であった。自分たちを苦しめる敵を一掃するという目的のもとで行われていたし、正しく「民主的に選ばれた」政権と国家政策・法律の元で行われたため、戦後はほんの数%しかSSは裁かれなかったし、法の傘のもとで守られていた。民主主義の欠陥、と中谷さんは呼んだ。

かの有名なガス室は、ナチスの隠蔽のため破壊され、瓦礫が青空のもとむき出しとなっていた。そこを歩きながら、中谷さんはたたみかける「我々は選択する時にきている」と。ヒトラーというクレイジーな支配者が人々を洗脳して最悪の事態を招いたとはヨーロッパでは考えられていない、ナチスを成立させたのは、大衆迎合主義だった。ヒトラーが政権をとったとき、多くの人は明確に賛成・反対の意見を持っていたというより、世の中の流れに乗っただけだったのだ。「大衆迎合は、ブレーキがかからなくなると独裁政権より恐ろしいことになります。歴史がそれを証明しています。」何も考えず、大勢に乗っかるのか、それとも自分の意見を持つのか。

「今、世界は分断しています。G20を前に、プーチンはリベラリズムは古いと言い、欧州理事会議長トゥスクはリベラルな民主主義を最後まで守る、リベラリズムを否定するものは、人権は時代遅れだと述べていることになる、と反論した。分断を選ぶのか、それとも枠のない自由な世界を選ぶのか。これも選択する時がきています。」移民受け入れでゆれるヨーロッパ、そして日本。でも、”分断”はホロコーストを生みだすのだと、中谷さんは言う。ナチスはゲットーを作ってそこにユダヤ人を住まわせた、障害者も隔離した、そして「過去への回帰」というスローガンで青い目の優秀な人を生むように奨励したと。「グローバリゼーション、リベラリズムが浸透すると、その反動でナショナリズムや「枠」のある世界が台頭していきます」
「人間は残酷になりえます。また条件次第で被害者も加害者になりうる。人間の本質は変わらないのです。だから(人間の残酷性が発動しないように)社会の仕組みを作っていかないといけない。また、教育によって自分たちが本来持ってないものを蓄える必要があり、教育は重要な鍵となります」

***
おっさんがツアー後一言、「妻がやっていることがようやく少しわかった気がします。僕も考えを改めないといけないです」
と呟いた。私はなんだか胸が詰まった。うちのおっさんにそう言わせる中谷さんの威力(その話の持っていきかた、話し方等等)、そしてこの実際の「場」の力。本当に行ってよかった、と心から思った。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?