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「子どもたちのワクチン接種への私の想い」

私は看護師時代に
子ども専門病院で臨床経験を積みました。

深刻な病状の子どもたちが多い子ども病院で
その治療は時に、大変厳しいものでした。
子どもたちのためにと
子どもたちの命を助けたいためにと
そのための最善を尽くしたいと

医療者も、ご家族も、精一杯の思いで
向き合っていました。

もし命を助けることができないのなら
せめて一分一秒の延命のためにと

最善の限りを尽くして、子どもたちに向き合いました。

命を助けること
一分一秒延命できること
これが医療者の、ご家族の、望みだったからです。

でも。
子どもたちの気持ちはどうだったんだろう。
子どもたちは、どうしたかったんだろう。

その治療をギリギリまで受容して
何が起こってもすぐに対応してもらえる
病院のベッドで過ごしながら
一分一秒長く生き抜くことが最善だったのか

それとも、家に帰って、川の字になって両親の間で眠り
お母さんの手料理を食べながら
短くも濃い時間を過ごしながら
最期を迎えることが最善だったのか。

過去を振り返った時いつも、そのことが浮かびます。

子どもにも考える力があること、
どうしたいかという希望があること、
それだけはわかっていたから。
でも、大人は誰も、子どもたちに聴かなかった。
「決める権限は、大人にある」そう思っていたから。

先を生きた大人たちは、自分自身の経験から
痛みや苦しみを避けるための「最善の方法」として
ワクチンに限らず
転ばぬ先の杖を、次々に準備します。

「これが最善に違いない!」
と声を大にして伝えていきます。

でも、それが最善かどうかはわからない。

転び方を学ぶことで、
常に誰かが作った杖を必要としない
生き方ができるかもしれない。

新型コロナウイルス感染においては
子どもたちは重症化せず、死亡もない。
そんな子どもたちに、未だ治験中であり
これから何が起こるかわからない
感染を防がないワクチンを

接種を通してどんなメリットがあるか
エビデンスを提示しながら説明できるものもない
人類初の、未知のワクチンを

「努力義務」として積極的に推奨することが
本当に、今、必要ですか?

子どもたちが風邪をひくことは、そんなに大人にとって
脅威になりますか?

私たちがバランスの良い情報を受け取ることができ
大人がそれを共に伝えることができれば
12歳を超えた子どもたちであれば十分
一緒に考えることができると思います。

生きていく過程で、これからも
次々と課題が降り注いでくるでしょう。

それに向き合う時
時に、すんなりと
時に、混乱や迷いや葛藤や痛みを伴い
時に、かっこよく賢くスマートに
時に、泣いたり怒ったり後悔したり落ち込んだり

それでも力強く歩みを進め
そしてそっと「優しさ」に着地できるさまを

そのありのままの姿を

私たち大人はもっともっと子どもたちに
見せてあげていいと思います。

「これが最善なの!」と、答えを渡すことだけを
最善とせず。

うまくいくであろう方法だけでなく
転び方も、泣き方も、後悔の方法も
悔しさも、かっこ悪さも
そこから学んだことが何かを
子どもたちに生き様を通して見せてあげたら

子どもたちは
自分の力で、転んで、痛んで、後悔して、すんなりと、スマートに、かっこよく
転ばぬ先の杖を作ることを始めるのではないかと思います。
その経験の全てが、自尊心に繋がっていくのではないかと思います。


感染症による影響を避けるための杖は
ワクチンだけですか?
マスクを続けることだけですか?

その杖は、子どもたちが育ちゆく日々において
「優しさ」に着地できる、そう信じられますか?

これは私自身の、ワクチンへの向き合い方です。
正解とか理想論とか、そんなふうには思ってないです。

でも、大切な命に向き合うときの、一つの視点ではないかと
思っています。

子どもたちに始まろうとしているワクチンを
しっかりと時間を使って調べて、調べて、
考えて、考えて、子どもたちも一緒に、考えて
そして「優しさ」に着地できる決断に
たどり着いて行けますように。

それが私の想いであり願いです。

こちらの署名は8月31日までです。
「子どもたちへの新型コロナウイルスワクチン接種停止を求めます」
https://voice.charity/events/112?fbclid=IwAR04CZhyPTWGPGJCxrqtAJ14xAPAORKTjF4fobJMjdjA8QL4aKBStnpJMBU

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