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父の引き出し

父が入院している。腸閉塞。高校生の頃に虫垂炎をこじらせ腹膜炎を起こし手術をした、その傷跡の癒着が原因だそうだ。70年近く前の手術の跡が今頃になって、と驚いた。

今回もまた手術をせねばならなかった。コロナ禍でもあり面会はできない。それでも手術前までは二日に一度、病状と治療法の説明を受けに病院へ通い、その際にタブレットを利用したオンライン面会をさせてもらっていたのだが、手術後はそれも叶わなくなった。スマートフォンを持っての入院なので、病室の外へ出れば電話をかけることは可能なのだが、自分で移動ができるのか、それとも寝たきりなのか、認知の具合はどうなのか、スマートフォンを操作することはできるのか、自分がどこにいるのかわかっているのか、せん妄など起こしてはいないか… 多くのコロナ患者を受け入れ発熱外来も開設している地域医療の核でもある救急病院なので、こちらから頻繁に電話をかけて容態を聞くことも憚られる。

手術後の入院はひと月ほどの予定という話ではあったが、いったいどういう状態で帰ってくるのだろう。立てるのか、歩けるのか、リハビリすれば歩けるようになるのか、認知症は悪化しているのだろうか。どれほど。どんな風に。

帰ってくるのは「どんな」父なのだろう。慣れ親しんだ父だろうか。二人の間の合言葉や使い古したジョークは通じるだろうか。一緒に歌った歌をまた歌えるだろうか。いつもの散歩道をまた歩けるだろうか。最後に一緒に散歩した時のように、木陰のベンチで並んでソフトクリームを食べることはあるのだろうか。足繁く通った「三角公園」や「広場」は、まだ父の中に存在するだろうか。

両親の住むマンションの、今では物置と化した部屋は、数年前まで「父の部屋」だった。建築家としての最後の仕事もそこでした。今でもデスクが、オフィスチェアが、PCが、プリンターが置いてある。かつてかまえていた事務所にあった、古いスチールの引き出しもある。どの引き出しも、開けるとそこに几帳面だった父の面影がある。きっちりと区切られ、様々な文具が整然と並んでいる。定規は長さの順に並んでいるし、鉛筆はみなピンと削って尖らせてある。ペーパークリップは大きさごとに。ダブルクリップは色ごとに。幕の内弁当のようだとも思うし、昔懐かしいテトリスのようだとも思う。

そんな「引き出し」を作った父はもういない。

そんな引き出しがあることを覚えているのかさえよくわからない。

私は、引き出しを上から順に開けては、時々「もういなくなってしまった父」を思い出している。

靴下を探して見つけられず、衣装箪笥の中身をぐちゃぐちゃにしてしまっては母に怒られる父と、あの整然と整理された引き出しを作り維持していた人は、同じ人なのだけれど、同じ人ではない。少しづつ、少しづつ、父は変わってゆく。あの父はもういない。まるで要らない皮を一枚づつ脱ぎ捨てていくかのように。歳をとるとはそういうことだ。

年老いた両親と日々を過ごすということはそういうことだ。そうやって、私はゆっくりと「私の」父との長い別れを過ごしている。

とはいえ、悪いことばかりではない。歳をとり、病が進み、父の世界は少しづつシンプルで美しいものになっていっているように思える。綺麗なものは綺麗だし、可愛いものは可愛いし、美味しいものは美味しいし、怖いものは怖いし、痛いものは痛い。道ですれ違うすべての子どもに、父は「うわあ、可愛いねえ」という。犬にもいう。喜ばれることもあるし、奇異の目でみられることもあるが、父が気にしている様子はない。だって、可愛いものは、可愛いのだから。私もにこにこと「ほんまや、可愛いねえ」という。猫を見ると「あれは、ミイや」という。父が子どもの頃に可愛がっていた猫の名前だ。猫はみな等しく、愛しくてたまらぬ「ミイ」なのだ。

早く帰ってきて欲しい。Come back home soon. I miss you, Dad.