泣いても仕方のないこと

仕事を得た。
面談してすぐに決まった。
働いて2週間が経つ。

ガラスを売る会社で毎日伝票を処理する。
私の手の中でガラスの値段が行き交いする。 
数字を見て、数字を見る。
数字が違っていたら、営業さんたちに聞いて訂正する。
そうしていたら一日が終わる。

給料は来月にまとめて入る。
毎日朝6時45分きっかりに起きる。
日焼け止めを塗って、ニキビ跡にコンシーラーを塗る。チークとリップをつけて、電車を乗り継ぎ、駅からレンタルの自転車に乗って行く。
朝礼でラジオ体操をする。そしてまた毎日届く伝票とにらめっこする。
お昼ごはんのカップラーメンは事務員のみんなで食べる。
私より2週間早く入ったばかりの社員さんはすごく仕事ができる。
私が慌てふためいていると横から何から何までやってくれる。
私がトロピカーナを差し入れると、チョコレートを返してくれる。
お風呂上がりのパックや、無印良品のノートもくれる。

仕事が終わるとクタクタに疲れて、足が象のようにむくんでいる。
帰りの電車で嶽本野ばらの『カフェー小品集』を読む。
最後に恋をしたのはいつだろう?
お風呂に入って、ゲームをして夜の10時には声優さんのラジオを聴きながら眠る。

今日は勤続2週間をお祝いして仕事終わりに京都に行った。
おめあてのバーのマスターが6月いっぱいヨーロッパに行っていることを、京都に着いてから知る。
仕方がないので、友達といったことがある民族楽器屋に行き、店長と話し込む。
店長はわざわざ床に座り私の話を聞いてくれる。
私が髪を切りスーツを着ているのがとても良いと彼は言う。
「一見普通に見えるのに、アタマの中がヘンなのが、良いんだ」
あたしはヘンじゃない。ドストエフスキーを読むのも、マルクスを読むのも、土方巽の劇を観るのも、変じゃないのに。

前に行ったことがあるシーシャ屋で、『ドライブ・マイ・カー』を見る。
そこの店長におすすめのバーをいくつか教えてもらう。
夜の10時を過ぎてバーに行き着く。
小雨。
白髪のマスターが杏のリキュールを作ってくれる。
リボトリールを飲んでからお酒を飲むととても眠くなる。
終電の駅でこれを書いている。

私はいつだって映画のように生きていきたいと思っていた。

朝まだきに目を覚まして化粧を丁寧にするのも、夜に悲しくなってリボトリールとクエチアピンを飲んで、男に電話をかけて、返事がないのも、全部悲しい映画だと思う。

声優さんが好きで、市川蒼さんのステージに行くためにお金を貯めているのも、
それは、私の人生があまりにも虚しいものだから、BGMはいつもラナ・デル・レイで、それで大丈夫なの。

私は大丈夫だよね?
毎日デスクに座って、受話器が怖くても、お電話ありがとうございます、と言うのも、売上と仕入れの値段が違って、頭をひねる人生が続いても、
私は大丈夫だよね?
家に帰っても、バーに行っても、声優さんのステージに行っても、私はいつも孤独で、でも、大丈夫だよね?
だって、きっと、孤独だから芸術なんだもの。
チェーホフも、倉橋由美子も、ドストエフスキーも、孤独だから作品を書いたんだ。

若い男を求めるのはやめたい。

職場に25歳のかっこいい男がいる。挨拶をする関係で、5年前だったら私は、すぐセックスした。
あの頃には戻らない。
セックスしたら終わってしまうことがたくさんある。
小説の中ではセックスなんて1ページで終るようなことだけれど、この日本では、そんな貞操観念はヘンなんだ。

私は鬱病じゃなくて境界性人格障害らしい。
男に依存してすぐセックスするのも、すぐ怒ったり泣いたり、感情の波が激しいのも、人格の問題で、薬では治らないらしい。
カウンセリングに行くのはやめた。

死にたいとは思わない。
だって死んだら、デスクの上の大量の伝票はどうなる?
私が死んでも市川蒼さんも小林千晃さんも、そんなことを知らずに生きてゆける。
でも建物が建てられて、たくさんのガラスが切断されて、売られていく、その中で行き交うお金を誰が管理する?

私には生きる意味がない。
だから仕事があると嬉しい。
お酒と薬を飲んだので、帰りの電車でとても泣きそうになる。
それでも、昔よりずっと幸せだと感じる。

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