愛の餃子物語2021

2021年 夏。
ミヤコパンダに1本の電話が入った。

「店長、テレビ局の方からです」

ときどき、店には取材依頼の電話がかかってくる。
実は学生時代、テレビ局で働きたいと思っていたこともあるくらい、私はマスメディアが大好きなのだ。
SNSで「マスゴミ」などと揶揄する書き込みを目にするたびに、憤りを感じずにはいられない。
一生懸命働いている人に、何て言い草かと思う。
華やかな世界の裏で、まるでぼろ雑巾みたいに働いて、寝る暇もなく、時には罵倒され、それでも信念をもって人々に伝えている人たちもいるのだ。
私はこれまでどんな取材も断ったことはない。
今回も引き受ける気満々で電話に出た。

「藤井フミヤさんがお好きとか」
電話の相手はおもむろにそういった。
「そうなんですよ!」
全く否定する要素も、隠し立てする必要も何もなく、すっきり澄み渡った気持ちで私は答えた。
聞けば今回、「藤井フミヤを愛する餃子店主」として、番組で取り上げたいとのこと。
「MCに博多華丸大吉さんがおられますし、福岡つながりということで、もしかしたらご紹介もいただけるかもしれませんしね」
と先方は、私が聞いてもいないのに期待を持たせるような言葉をちらつかせた。

これはついに来た。
「フミヤにうちの餃子を食べに来てもらいたい」という積年の願いが叶う日がやってきたんじゃないだろうか?
番組的には「フミヤさんをお連れします」とか「番組ゲストにフミヤさんを予定しています」などとは、今この段階で口が裂けても言えなかろう。
いいんだディレクターさんよ、みなまで言うな。
わかってる、わかってるよ。
よくあるあれでしょ、ご本人が後ろから登場して、「えっ!?嘘!?うそでしょ、いや、やだー」って感極まってパニックになるやつ。
それを私にご期待か!?求められているのか?
泣くだけでは済まないかもしれませんぜ。下手したら失禁までして放送できなくなったらどうしますかい?

止まらぬ妄想、高まる期待感。
いまだかつて私の人生、ここまでフミヤに餃子を食べてもらえるところまで接近したことはあっただろうか?
いや、ない。
というか、冷静になってみたら、ぜんぜん接近したことなかった。
いつも私が一方的に「近づいたぞー!」と思い込んでいるだけで、実際目に見える距離は、ちっとも縮まっていなかった。
しかし、今はどうだ。
聞いてもいないのに(しつこい)先方から「チャンスかも」とまで言ってきたんだよ、なんて罪深いディレクターさんだ。

撮影当日、もちろん店の掃除も入念にした。
フミヤのスケジュールもチェックしてある。
ちょっと遠いけど、これない場所ではない。
きっと今日、さんざん取材して、さてもう帰ろうかってときに、「もし今ここにフミヤさんが来たらどうしますか?」と聞かれ、「えーっとー」と目をウルつかせていたら後ろからそっとフミヤがやってくるに違いない。

ドキドキしながら撮影隊を待つ。
ほどなくして訪れた取材クルー。
「お待たせしましてすみません、今日はよろしくお願いします」
「いえいえ、こちらこそお願いします」
「フミヤさんお好きなんですよね。もしここにフミヤさんきたらどうしますか?」

えっ!?はやない?
その質問、早すぎひん?
まだピンマイクもつけてなくない?
かろやかなのっけの挨拶にしては、内容超重くない?一言で語れる?

その後、全くフミヤが「バア」って後ろからくる気配もないまま、取材終了。
後日改めて取材班が来ることもなく、放送でもフミヤは似顔絵でしか出なかった。

でも、絵とコラボできただけでも大成長でしょう。
まだまだ、私はこの願いを持ち続けることができる。
いつか、愛する藤井フミヤにうちの餃子を食べてほしい。
そして彼の血肉となり、あの甘い歌声に餃子が昇華する日を夢見て、私は今日も餃子を作ろう。

フミヤは言った。
「コロナで世界が一つになるかと思ったら、そんなことは全然なくて、あいかわらずどこかで戦争したりもめたりしている。でもせめて自分の周りだけでも幸せにしよう。どうすればいい?簡単なこと。『愛してる』って言えばいい」

もちろん、そう言い続けよう。
愛の餃子物語は、まだまだ続く。

この記事は #餃子アドベントカレンダー2021 に参加しています。





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