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大谷の陰で、めちゃくちゃ打ちまくってる選手をご存知ですか?

MLBのホームランキング争いが熱い。

2021年7月1日現在、ホームラン数全米トップを走るのはエンゼルスの大谷翔平。その大谷と抜きつ抜かれつのデッドヒートを繰り広げているのがブルージェイズのヴラディーミル・ゲレーロJr.、さらにパドレスのタティスJr.がその後ろを追う、といった構図だ。
この3人はシーズン初めからハイペースで本塁打を量産していたのだが、6月に入って、まるでマリオカートのキラーを使ったかのように驚異的なペースで打ちまくっている選手がいる。
ワシントン・ナショナルズに所属のカイル・シュワーバーだ。

スタンドインが止まらない

シュワーバーの6月1日時点でのシーズン成績は9本塁打,打率.230,OPS.766。開幕当初は不振に陥っていたこともあり、これといって特筆する数字は残せていなかった。
しかし、6月12日のサンフランシスコ・ジャイアンツ戦で自身12試合ぶりの第10号ホームランを放つと、一気に量産体制に入る。同日から6月29日までの18試合で16本塁打という驚異的なペースで本塁打を積み重ね、一時はナショナルリーグのホームランランキングトップにまで上り詰めた。
同期間にこれだけのホームランを積み重ねた選手は、シュワーバーを除けば長いMLBの歴史上サミー・ソーサとバリー・ボンズの2人のみだという。

6月の月間OPSは驚異の1.122。シーズン全体でも9割台に乗せるなど、一気に調子を上げてきている。

シュワーバーの好調に伴い、チームの状態も一気に上向きに。6月12日から同月末までのナショナルズの成績は15勝4敗と勝ちまくり、借金8から一気に貯金生活へ、順位もナショナル・リーグ東地区2位に浮上している。


強打者の証?バレルについて

そもそも、ホームランをたくさん打つにはどうすればいいのか?
答えはシンプルだ。より速い打球を、適切な角度で打てばいい。

2015年からMLB全体で導入されたStatcast(軍事技術を応用したカメラやレーダーを用いて、選手やボールの動きを数値化する分析ツール)によって、「158㎞/h以上の速さの打球を30度前後の角度で打った時に、その打球がホームランになる可能性が極めて高い」ことが明らかになった。
「バレル(Barrel)」と呼ばれるこの指標は、本塁打数やOPSと並ぶ新たな強打者の証明となっている。

2021年シーズンのBrls/BBE%(打った打球がバレルになる確率)は以下の通り。

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大谷が圧倒的なバレル率を残すなか、シュワーバーは全体5位の好成績。
特に、6月のBrls/BBEは27.5%と非常に優秀な数値を残している。
4月が9.5%、5月が15.2%だったのを考えると、成績の急上昇もうなずける。
(下図:シュワーバーの月別Brls/BBE%)

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カイル・シュワーバーという選手

カイル・シュワーバーは2014年のドラフト1位でシカゴ・カブスから指名を受け、そのまま入団。
プロ入り前からパワフルな打撃は高い評価を得ており、将来はコンスタントに25~30本塁打を打つ強打者に成長すると予想されていた。
その期待に違わず、翌2015年にメジャーデビューして69試合で16本塁打を放つ。その後も活躍を続け、カブスでの実働5シーズンで121本塁打を放ち、今年からFAでワシントン・ナショナルズに移籍した。

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シュワーバーは長打力が武器の選手ではあるが、好不調の波がある選手でもある。いい時には月間の長打率が6割を超えることも多いが、悪い時には3割台に落ち込むなど、調子の変動が極端だ。
上のグラフは、各シーズンにおけるシュワーバーの月ごとの長打率を表したものであるが、見ての通り調子のいい月と悪い月で大きな差が出ている。
そして、2021年6月の長打率は.760と、キャリア最高の数字を叩き出している。
ノッているタイミングであれば、それだけ打ち続けることも十分ありえる。のだが、それだけでは今回の猛打を説明するにまだ十分ではない気がする。

「1番・強打者」論は妥当か?

今回のシュワーバーの活躍で特筆すべき点は、彼は6月の試合のほとんどで1番打者を務めていたことだ。
それまでは4番や5番を打つことが多かったものの、6月8日に初めて1番打者に立って以来打順が固定されるようになり、先述の量産体制が始まった。
シュワーバーが記録した1番打者での月間16本塁打は、アルフォンソ・ソリアーノが有していた14本の記録を抜いて、メジャー記録となっている。
先頭打者本塁打7本も、ソリアーノと並ぶタイ記録である。

6月のシュワーバーの好調は、1番という打順が彼にピッタリはまり、打撃のコンディションが上向たことが要因である可能性が高い。


ここで、長年野球を観てきた方であれば、ある疑問が浮かぶだろう。
「なぜ、1番にパワーヒッターを置くんだ?」という疑問が。

1番打者は「リードオフマン」と呼ばれ、主に俊足巧打の選手が務めるのが野球ファンの常識とされてきた。
その代表例が、メジャーでも活躍したイチローや青木宣親だ。
初回の先頭打者にいきなりヒットで塁に出て、そこから積極的に盗塁や走塁を仕掛け、自軍の攻撃の起点になる。
そうした選手が、長きにわたり1番打者の理想像とされてきた。

ところが近年、そうした定石が崩れてきている。

上に紹介した記事でも述べられているように、データ分析の詳細化・緻密化による近年の先述の変化によって、1番打者に求められる能力が「走力・出塁能力」から「得点力・出塁能力」にシフトしてきている。
このことから、1番打者に長打を打てる選手を置くケースが急激に増えてきている。その中にはドジャースのベッツやブレーブスのアクーニャJr.などのように、高い走力”も”持ち合わせた選手も何人か存在する。一方で、今回取り上げたシュワーバーのように、本来ならクリーンナップを打つような選手が1番に置かれるケースも少なくない。

1番打者の仕事とは何か。それは自らが本塁まで帰り、得点を得ることだ。
かつてのMLBでは、多くの本塁打を打てる強打者は1人や2人程度しかいない場合がほとんどで、「強打者の前にランナーを貯めて、”クリーンナップ”で点を取る」という攻撃が主流だった。
日本のプロ野球においても当てはまるが、そうした環境においては「俊足巧打の選手」は1番を打つにうってつけの選手だった。
しかし、時代は変わった。フライボール革命以降、MLBの打者の関心は「いかに長打を多く打つか」にシフトしてきている。加えて、ピッチャーの全体的な球速・変化球の質の向上も相まって、かつてのように単打を積み重ねての得点は難しくなっている。
ならば、1番打者も長打を打てばいい。
極論、得点を稼げさえすれば別に足が遅くたってかまわない。はっきり言って、プレースタイルなんてどうでもいい。
現代の競技環境をふまえて、合理的な推論の末たどり着いた答え。
それこそが「1番・強打者論」なのだ。

僕が考えるに、1番打者を任される強打者の条件は以下の2点である。

①出塁率の高さ
②Brls/BBE%(バレル率)の高さ
(オマケ:足の速さ、走塁技術の高さ)

彼らの仕事は、より多く塁に出ること。そして、打つ時にはなるべく長打を打つこと。
盗塁の多寡は問題ではない。次の打者がホームランを打てば、1塁にいようが2塁にいようが大差ないからだ。むしろ、盗塁死によってチャンスを狭めるリスクすらある。
塁に出るか、長打を打つか。彼らの仕事は主に2つだ。

そしてシュワーバーは、こうした仕事に適任の選手である。
バレル率の高さは先述の通りとして、シーズンを遠しての出塁率(2021年7月1日現在)も.339と、リーグ平均の.312を上回っており、悪くない数字だ。
むしろ彼の打率があまり高くない(.251)ことを考えれば申し分ない。

シュワーバーのプレースタイルが近年のMLBの1番打者のニーズにマッチし、そこに自身の好調が合わさって本塁打を量産、チームの調子も上向いていったというのが、今回の大フィーバーの真相だと考えられる。


どんなレースでも、所謂「大穴」だとか、ダークホースが現れると、一気に面白くなる。
これから先、ア・リーグでは大谷とゲレーロJr.が、ナ・リーグではシュワーバーとタティスJr.が、互いにしのぎを削っていくのだろうか。それとも、また新たなダークホースが表れて、混戦の様相を呈するのか。
今後のホームランキング争いにも、目が離せない。

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