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075-monologue

【2011年10月27日 松乃さんの店舗 跡地にて】
‟MMファームの誓い”
 あのときの日記にはそう表題をつけたけれど、その本当の部分は結局書き残せなかった。
 残すにはすこし恥ずかしかったのだ。
 わたしの知らない‟わたし”の感情だったから。
 あの日記には「わたしの気持ちが通じたかどうか深掘りはすまい」と書いたけれど、本当はちょっとだけ松乃さんにわたしの想いを伝えていた。

 わたしは松乃さんが必要としてくれているときに話を聞いてあげられなかったかもしれない、そばにいてあげられなかったかもしれないわたし自身の無神経さに恐怖して、いつもミュートだったりTELに出なかったりすることを謝ったんだ。
「あーwww なりほどわかった そっちかwww」
 松乃さんは面白がるように言った。「いやいや わはは。 さっきも言ったけど付き合い多いと面倒多くなってさ。ときどきわーってなるwww そんなときはMMからちょっと離れるようにしてるのよ ようりさんのせいじゃないよ。ちゃんとわかってるから^^」
「ほんとうにごめんね。メッセージは間違いなく読んでるから、なにかあったらいつでも送ってきて 役に立てるかわからないけどww」
「うんうん わははwww」
 ちょっと沈黙をはさんだあと、わたしは付け加えた。
「松乃さん、わたしの前からふっと消えたりしないでよ?」
「うんうん」
「そんなのやだよ? めちゃくちゃ重いし面倒くさいこと言ってるのはわかっているけど、わたしにとって松乃さんはもうそれだけの存在になっているんだからw」
「わはは」
 松乃さんはそのときそう笑って、たっぷり時間を置いたあと、こう付け加えたんだ。「うん。わかった。ありがとね。なんか、今日のことは忘れられないかもw」
「忘れないでよw うざいだろうけど」
「うんうんwww ‟MMファームの誓い”だね」
「MMファームの誓いwww」

『MMはたかがゲーム。嫌な思いまでして続けるものではない』
 これまでMMを去っていったフレンドたちの背に投げかけていた言葉。
 そんな余裕もなくしていた。
『たとえ嫌な思いをしていたとしても、わたしのために続けてね。相談にはいくらでものるから』
 自覚はなかったけれど、わたしが松乃さんに言ったことはそれに等しい。
 ただただ松乃さんを大切に思っていただけなのに。
‟想い”は‟重い”……
 ごめんね。
 やっぱりわたしの依存体質も負担になっていたよね。
 わたし自身も松乃さんの‟しがらみ”や‟メンドイこと”になってしまっていたね。
 いままで‟相生 松乃”さんでいてくれてありがとう。
 無理させちゃった。
 
 それにね、わかってる。
 わかってるよ。
 わかってる。
 消えたのはメタバースのキャラクター。名前や姿が変わっても、中の人が変わるわけじゃないってことはわかってる。
 でもなんだろう。
 なんだろうこの気持ち。
 自分でも信じられないこの感情。

 松乃さんが水無月さんに生まれ変わっても中の人は同じ。
 それがわかりながら腑に落ちない。
 理解できても納得できない。
 水無月さんはやっぱり松乃さんじゃない。
 ようりと松乃さんが築いてきた関係を水無月さんと築き直すにはきっと同じだけ時間がかかる。
 
 なんだろう。
 
 自分でも知らなかった。
‟いまの”わたしからこんな感情が生まれるなんて。
 そう、年を重ねたいまのわたしから……
 これははるか昔に置き去りにした感情の動き。
 懐かしささえ感じる‟若気”。
 これはたぶん、‟ようり”の感情。

 公式SNSの風香さんのページを見た。
 最後の日記にはひとこと
『風香は 風のように去ります』
 とだけしたためられていた。

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