068-shithouse poetry
【2018年1月31日 MMサ終の日 大井ふ頭移動中】
MMに生まれた‟最初のわたし”には、わたしを気にかけてくれた親切なマイキャラがいた。
彼とはよく趣味のお話をしたけれど、すぐにわたしは彼の過干渉に辟易するようになる。
一見紳士的だけれど、彼のやさしさと思いやりはあまりに‟雄弁”で時にいいわけがましい。
何をするにも上げ膳据え膳でわたしに接してくれるけれど、彼の望む方向以外の選択肢を抜け目なく遮るやりかたは、なんというか酒席で遊びなれた男が下心を巧みに隠し、C調な話術とおためごかしな優しさで女の子の気をそらせながら酔わせ、判断力を鈍らせて自分の制御下に置こうとするやり方に似ていた。
ただ似てはいるけれどまったくのド下手。彼にとって惜しむらくは、彼が年齢相応の女性慣れをしていなかったこと。
それどころかきっとリアルでは人とのコミュニケーションそのものに不慣れで、彼の‟女子受けするイケメン像”はおそらく創作物がお手本になっているだろうこと。
しかもメタバースというフィルターを通して大胆になり、彼の演じる‟女子受けするイケメン像”がデフォルメされてしまっていること。
‟こんなの”がリアルに存在したらすかし過ぎてキザだし、やさしさのひとつひとつが「いまから親切をしますよ」「これは僕の思いやりですよ」というスタンドプレーで圧すら感じる。
そして彼最大の不幸は、その不慣れで不器用なイケメン的‟余裕”の向こう側に、並みならない下心があるであろうことをわたしに見透かされてしまったこと。
なんせあなたが口説こうとしていたキャラの中の人は、キャラの見た目の2倍くらい年季が入っていますから。
もしあなたが青年なら、なんてこと! わたしはあなたの親世代だよ……。
辛辣に言えば、あなたにはスマートなキャラを演じきれるほど余裕があるようには思えませんでした。だって前のめり過ぎて全然スマートじゃなかったから。
そんな彼はわたしがインするとだいたいまもなくTELをかけてきて、一緒のプレイを誘ってきた。ほぼ毎日。
どんな仕事をしているのか、あるいはしていないのか知らないけれど、時間帯が不規則なわたしのインにも関わらず、かなりの高確率で彼はわたしのイン直後にTELしてきた。
プレイ時間を自分のために使いたいこともあるから申し訳ないけれどTELを無視するようになると、彼はわたしの家の前で待ち構えるようになった。もはや彼はスマートキャラも親切キャラも見失っていた。
本当のことを言えば、わたしが今日までMMの音声をミュートにしたり、なるべく着信が目に入らないようにしたりするプレイスタイルだったのは、このときの体験が影響しているのだと思う。
MMにそういう方向性の交友を求めていないし、そういう目で見られることに強く居心地の悪さを感じてしまう。
この不自由さをどう伝えようか迷い始め、意識的に彼を避けるようになってしばらくすると、それまでが嘘のように彼からの接触はなくなった。
たまたまかどうか、MMにインしている様子もない。
もしかしたら相手は気分を害したかもしれないけれど、このまま自然に離れられるのならそれでいいかもと思い始めたころ、わたしが趣味の発信をしていたブログのコメント欄に突然彼は現れた。
彼は特にわたしが避けていたことに不満をぶつけるでもなく、逆におもねるようなまねをするでもなく、ただただ異様な長文でMMでのわたしの発言と、ブログの過去記事のエピソードの共通点を読み上げるように書き連ねていた。
そして結びのひとことに「キミだよね」と。
そのときわたしはぞっとしたのだ。
彼には趣味の話はしたけれど、それをブログで発信しているとは話していないはずだ。
わたしはモノづくりのいくつかの分野を趣味として嗜んでいる。たとえば料理、お菓子作り。裁縫や刺繍、マスコット作りなどのいわゆる手芸。皮革やガラス、貴金属、ジェムストーンなど天然素材でのアクセサリ作り。ドールハウス用のミニチュア作り。果てはモビールやスノードームのようなインテリアグッズ、万華鏡や粘土細工、消しゴムはんこまで興味を持ったらなんでも手を付けてしまう。
たしかに作風や多用するモチーフのことは話していたと思う。
これだけ雑多な趣味を一緒くたに取り扱っているブログもめずらしいだろうから、MMのわたしとブログのわたしを同定することは無理ではない。
ただそれでもわたしのブログを見つけ出すことそれ自体は途方もないことではないのだろうか。
偶然か、それとも血眼になって探しあてたのか知らないけれど、わたしはその日のうちにブログを削除してMMも退会した。
聡には事の顛末を伝えたけれど、聡は「せっかく興味を持ったのだから」とMMについては転生を勧めてきた。ブログを削除したからといって趣味は続けていくだろうけど、MMはそれっきりになってしまうからと。
ともかく、わたしは転生以降匿名掲示板の晒し板を閲覧するようになったのだった。
ぼっちプレイのわたしは情報源として公式SNSとユーザーブログの他に、匿名掲示板のMMのいわゆる‟本スレ”はしばしば利用していたので、そこでたびたび話題になる‟晒しスレ”の存在も知っていた。あまり立ち寄るべきではない空間として。
そこは火のないところにも無理やり火を焚きつけるような真偽不明な情報のるつぼだったけれど、不穏な情報や問題行動のあるマイキャラの情報を得ることができたので、参考にするようになったのだ。
そんな‟晒し板”でわたしが風香さんの名前を目にし始めたのは、風香さんとの仲が急速に深まってゆくそのさなかだった。
わたしの知らないキャラも多く絡んでいるので全容はまったくわからないけれど、どうやら晒し板では風香さんはとんでもないトラブルメーカーという認識らしい。
また風香さんは複数のアカウントを持っているという前提で晒されていて、‟涼花”というマイキャラがそれだった。
結果的にその書き込みについては真実だったようで、のちに涼花本人も‟かつて風香であったこと”を隠さなくなってゆくのだけど、このとき晒されていたのは‟Aさん”というマイキャラの周辺で、彼女を陥れようと風説を流布している涼花の不穏当な動きだった。
そんな折も折、‟Aさん”が複数のmeet-me wikiに誹謗中傷とともに晒される。しかもそれらがなんとも特徴のある文体で、‟スレ民”には同一人物がマルチポストしていると認識されてしまっている状況。
もちろん、その書き込みの主とされたのは涼花=風香さんだ。
でもわたしからすればそれには疑問。すくなくともふだんの風香さんのチャットで見る文体とは違う。涼花のものとされる書き込みはもっとアンバランスで鬱鬱としている。暗い水の底を神経質にひたすら這うような文体だった。
そしてほどなく、風香さんがMM引退をほのめかす日記を公式SNSにアップした。
プライベートな事情でMMを引退するという報告だった。
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