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076-松乃さんが美咲さんから聞いた事情

【2011年11月某日 笹塚】 
 住宅街にポツンとある遊具のない近隣公園。
 まさしくそのような空間に、わたしは佇んでいた。
 そう広くはない土地にちらほらと草木が植えられ、それらをそっと押しのけるように中央が広場になっている。
 土地の一辺は開いていてベンチがひとつだけ設置してある。それを照らす外灯の明かりが物悲しい。
 ここは風香さんの土地だ。
 まだ、そうであるはずだ。
 ちょうどいまは広場となっている辺りに、10月末まで家屋が建っていた。
 風香さんの家の2階は彼女の‟好き”を詰め込んだファッション館だった。
 彼女が感性のままセレクトして、一生懸命探して、一生懸命ココアを貯めて手にしたアイテムの素敵な展示場だった。
 10月の騒動のとき、『風のように去ります』という風香さんの日記を目にしたそのあと、松乃さんとメッセージでやり取りができて、ことの顛末を知ることができた。
 すこし、思うところがあって、わたしはいまここに佇んでいる。

 ことの発端は小料理屋 咲夜での出来事。
 風香さんは景虎さんというかたに好意を抱いていたらしいのだけれど、古くから景虎さんと交流のあったsophiaさんは彼の女性プレイヤーに対する素行があまり良くないことを知っていて、数数の景虎さんの女性遍歴をあげつらうことで‟やんわりと”忠告したようだ。
 好きな相手を悪く言われて風香さんが不愉快になるのはしかたがない。
 松乃さんが企画した自分の誕生日会も近く、お祝いムードを壊されたと感じたこともあって風香さんはなかなかの剣幕でsophiaさんに噛みついたそうだ。

 松乃さんは『それでもめて喧嘩別れ』と端的に説明してくれたけれど、おそらく悪気のまったくなかったsophiaさんはいきなり噛みつかれたことで反射的に応戦したのだろう。
 ただ表面的には冷静で、理を立てて更に説得を試みたはず。もしかしたらなだめようとしたかもしれない。
 でもこれが風香さんの感情を逆なでしたに違いない。まったくの想像だけれど、こういうときの風香さんに‟大人な態度”は相性が悪いと思う。
 それにそもそもsophiaさんの老婆心だ。風香さんの好意に水を差すべきではなかった。その水は人を意固地にこそすれ火は消せない。
 最近になって認識したのだけれど、メタバース上のみ交流という限定された関係性でも、アバター越しの相手に対して本気の恋愛感情を募らせる人は確かにいるのだから。
 sophiaさんが風香さんを思い遣ったことはわかる。でもわたしならお熱の風香さんを説得するようなことはせずに精神的優位な立場の景虎さんに釘を刺す。『くれぐれも素直な子だから、おもちゃにしちゃだめよ』って。
 ともかく、sophiaさんは相手のためを思い忠告。
 風香さんは余計なお世話と感じ反発。
 自分は間違っていないと考えsophiaさんが応戦。
 理屈ではなく感情が拒絶する風香さん。
 そしてお互い引っ込みがつかなくなり‟喧嘩別れ”……。
 陽気で積極的なコミュニケーション能力が目立って気づきにくいけれど、受け身のコミュニケーションの寛容さは意外と乏しく、ややガードが厚いふたりだから、大筋そのような流れだったと思う。

 その後「お互い言い過ぎたのだから」という咲夜さんの仲裁でsophiaさんが‟暴走”。
 これは咲夜さん悪手。「お互い」という言葉はそのときのsophiaさんには受け入れがたかったろう。
 咲夜さんもsophiaさんと連絡が取れなくなり、共通のフレンドもことごとくsophiaさんと連絡が取れなくなったという。
 公式SNSのsophiaさんの日記も、出来事以降止まっている。
 じつのところ、松乃さんはといえば出来事の直前からリアルが多忙でインできなかったということで、ひさしぶりのインはちょうど出来事から1週間後だったという。
 だからここまでの事情は松乃さんものちに咲夜さんから聞かされた話だ。
 つまりわたしは、咲夜さんの主観で語られた出来事にある程度松乃さんの解釈が加わった話として、出来事の又聞きをしているということになる。

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