3年目と遠い未来まで

劇場版「鬼滅の刃 無限列車編」公開から今日で3年かぁ……

ぼくは公開から半月くらい遅れて、姉ちゃんと観に行ったんよ。
姪の子供たちが鬼滅にハマってて、ミリしらだったのに、ある日突然
「鬼滅の刃の映画を観に行きたい」
て思い立って、アマプラで立志編のアニメを一気見して、原作を履修してからチケット取ったのは、今からするとぼくの人性の転機だったのかもしれない。

と、言うのも、あまり知られてはおりませんが、実はぼく、10年くらい前から鬱病を患っておりまして。
不眠症やパニック障害も併発してて、正直、生きることが辛くて仕方なかったし、楽しいとか心を動かされる事なんかひとつもなかった。
「死にたい」
て思わない日なんかなかったし。
まあ今でもがくんと心が沈む事があるし、眠るという事が難しくなる事があります。
多少良くはなってきてますが、今は更年期直前の精神的な影響も出てきてる様な気がするw
まあそんなぼくが、鬱病になってから初めて『自分から何かをしたい』と思ったんです。

で。
姉と実家の近所の映画館へ。

映画を観る前に撮影してた

とにかく、後半は衝撃というか
結果は知ってたけど、実際観たら、とにかく煉獄さんが凄かった。
目が潰れても、腹に穴が開いても、鬼を斬ることを諦めないその勇姿。
生命が消える直前でも、後輩を鼓舞して微笑みを浮かべながら自分の炎を炭治郎に託す姿に、涙が止まらなかった。
この人は、こんなに辛い人生だったろうに、悔いも未練もなく逝けるのかと、哀しくて仕方がなかった。
最後にお母様に褒めて貰えた時の笑顔が、あまりに哀しかった。
炎柱ではない、ただの煉獄杏寿郎という20歳の若者で、やっと報われたんだって思うと……
映画館を出て、最初に出た言葉が「煉獄さん……」で、しばらく何も言えなかったな…
同じ状態だった姉ちゃんに「お茶して帰ろう」て言われて入ったカフェでも、「煉獄さん……」しか言えなかった。

それからずっと「また観たい」て思って、4D上映が始まってから週に2回くらい、色んな上映形態で観てきました。
多分、全部ひと通り観たんじゃないかな。
最終的には数えてないけど、30回は観たと思う。
気がつけば煉獄さんを崇拝してたし、グッズもひたすら無心で集めてたなぁ。
それからは、ちょっとずつ精神状態が良くなった。
「死にたい」て思う日が減っていって、3年たった今、まったく思わなくなった。
「寿命を全うして、また煉獄さんに会いたい」て思うようになった。

映画のパンフレットを見た時、一番最後のページが、炎が消えた煉獄さんの無意識領域で、「炎」の歌詞が書かれてて。
「ああ、煉獄さんは炭治郎だけじゃなくて、ぼくたちにも炎をわけてくれたんだな」
と。
どんなに辛くても寂しくても、前を向いて胸を張って生きるしかないんだな…
だって、ぼくが死んだら、煉獄さんがほくにくれた炎も消えちゃうもん。
生きていれば、たいせつなことを繋いで行けば、煉獄さんの炎は死なないし、失われないから。
ぼくは、煉獄さんに救われたんだって思った。
煉獄さんの炎を受け取ることができたと感じられたことが、光栄だと。
まだぼくは生きていけると思えたよ。

今は、煉獄さんがくれたように、ぼくの炎を誰かにわけて行きたいと思うよ。
ぼくに出会ってくれた人が、ちょっとでもいいから「出会えて良かった」て感じてくれたら嬉しいし、ぼくといる時は笑っていて欲しい。
目に入る人が、助けて欲しいとぼくに手を伸ばすなら、できる限りその手をとりたい。
わけてくれた炎に恥ずかしい生き方はしたくない。

たかが漫画のキャラかもしれないけど
少なくともぼくにとっては、人生を変えてくれた人だし、煉獄杏寿郎という人に出会えて良かった。
煉獄さん、ありがとう。
ぼくは、心を燃やして生きます!

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