見出し画像

刈込池


前の晩に早く寝すぎたせいで、いつもなら床に就くような時間帯に目が覚めてしまった。鍋に残っていた赤出汁と炊き込みご飯を食べて午前2時半。はて、今からもう一度寝るべきか・・・いや、きっと眠れないだろうなと思い、天気予報アプリをチェックしてみる。午後からは雨だが、東に向かう分には午前中は晴天の予報。
 
そこでずっと前から行ってみたかったけれど、そこを目指して一泊で行くほどの価値もないし、かと行って遠足気分で出かけられるような場所でもない、福井県の山奥にあるという「刈込池」なるものを目指してみる気になった。
 
ネットでさくっと調べてみると、福井インターから1時間半ほどでふもとの駐車場に着き、そこから徒歩で往復2時間強の山歩きで行けるとある。
 
午前中に仕事が入る確率は低いし、午後もおやつ時ぐらいまでに戻ればさしつかえない。しんどくなれば途中で戻ってくればいいし。
 
というわけで3時には神戸を出発して漆黒の新名神をぐんぐん飛ばして、京都東から湖西を抜け、一般道では亀が歩むがごとしのトラックに阻まれたりもしたが、5時には敦賀、6時前には福井に達して空も白んできた。
 
恐竜の化石で有名な大野は6時半には通過していたが、そこから目的地までは交合できない細い山道が30数キロも続いた。とはいえ、そんな早朝には対向で山から下りてくる車などなく、60キロで飛ばせるので7時には刈込池の麓にある駐車場に到着した。他に車は1台もない。まあ月曜の早朝で、携帯も通じないような場所ですのでね。
 
刈込池に達するにはそこから主に2つのルートがあり、ひとつは沢沿いに標高をゆるゆると上げた後、最後に一気に岩場を登りつめる「一般コース(岩場コース)」と、いきなり686段のイレギュラーな階段を上ってアプローチする「健脚向きコース」とがある。所要時間は前者が70分、後者が50分とあったのだが、一般コースで先日熊が出て登山客が怪我をしたと警告する立て看板があったのと、せっかくならチャレンジという気持ちもあり、健脚コースに挑んでしまった。
 
そこが運動不足の初老の浅知恵。階段ぐらい神戸の裏山で慣れてるわと軽く考えていたら、別に石できちんと整備されたものでもなく、とにかく急峻で時には一歩では上がりきれないほどの大きな段もあり、息は切れ脈は飛び、何度も重心が後ろのめりになって滑落しそうになる。
 
400段目ぐらいのベンチで一休みしていたら、後からやはり一人で来た人懐っこいお兄ちゃんと「おはようございます」と挨拶すると、「人いなくて気味悪いから一緒に上がりましょうよ。」という。
「いやいや、私よぼよぼなので若い人にはついてけませんよ。」と答えると、「よぼよぼって!」と大笑いした後、「大丈夫です。僕が手を引っ張りますから。」って。いやいや、そんなほんまによぼよぼに見えるかって・・・
 
686段と書いてあったけど、私が数えた感じでは700段はとおに超えていた。まあ、それでもあと300段ほどをなんとかその若いお兄ちゃんと登りきり、そこからはゆっくりとブナの原生林を池に向かって下っていく。
 
熊に出くわさないために、彼はスマホの音楽を大音量で鳴らしていたのだが、
「ところで、その黄色い声の女の子らの歌はなんとかならない?このブナの森にはあんまり合わない気がするんやけど。」と私がいうと、
「ああ、きらいですかぁ?僕こんなんしか入れてないんで、逆になんか鳴らしてくださいよぉ」と言われたので、自分の iPhone からフィンランドのちょっと暗めの歌謡曲を流すと、「ああ、そんなんダメですよぉ、却って熊出てきますよぉ」と一蹴された。
 
まあそんなこんなで、お兄ちゃんのおかげもあり、40分ほどで刈込池まで達することができた。標高1100メートルにある池の周りのブナや楓はもういい色合いになっており、そこから2100メートルの三ノ峰へとせり上がる山肌の木々は紅葉の盛りを過ぎて初冬の装いを帯びていた。

 
帰り道は岩場コースを選んだが、これまたとんでもない悪路で、足がガクガクになった。そのあたりから、朝から登り始める人たちとすれ違うようになったが、一様にみんな鈴を鳴らしたり、シャカシャカと音楽を掛けていた。へぇ、やっぱり熊って出るんや。なにも知らない私は最初はたった一人で何の防備もせず、まあ熊がもし出てきたら三脚でぶん殴ればええわ、ほどにしか思っていなかった。実に素人は怖い。
 
帰り道は一人で先に帰ったはずだが、気づけばまたお兄ちゃんの大股に追いつかれていた。相変わらずモモクロかなんかの黄色い声の音楽を鳴らしながら、
「来しなに鳩ヶ湯温泉ってあったでしょ。あれ秘湯らしいですよ。帰りに寄りませんかぁ」と提案してくれたのだが、
「寄りたいところだけど、これから神戸に帰って仕事なので。」というと、「え~っ」と絶句していた。滋賀は長浜から来たというお兄ちゃん、ありがとう。おかげで熊に襲われずに済みました。
 
神戸からの往復走行距離 600 キロ、階段は登りだけで700段、全工程所要時間11時間。もう二度と行きません。
 
残る問題はあした、いやあさって、いやしあさってあたりの筋肉痛。
木・金あたりに三宮界隈でヨイヨイで歩いている私を見つけたら、そっと知らん顔してくださいね。

筋肉痛が始まらないうちにと、今夜美味しいイタリアンに行って午前2時まで立ち飲みで呑んでたことはナイショ…笑

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?