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D.I.Y.パブリッシングのススメ

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本作りの入り口(企画・編集・執筆)から出口(印刷・製本・販売)まで、そのすべての工程を工場や企業に頼らず、自分たちの手でやってしまおうという試みを京都に位置するhand saw …
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#ファンジン

第2話 じゃ、自分たちで出版社をやってみるか?

(個人史)自主制作本との出会い  「あらゆる人が出版社」というのはマーシャル・マクルーハンの名言だけれど、インターネットの出現で、その言葉が具現化したことは言うまでもありません。しかし、本当に「あらゆる人が出版社」になれるのでしょうか? あと、マクルーハンの名言をたくさん伝え聞いているけれど、実はマクルーハンなんて1冊も読んだこともないんですよ、ハイ。  ま、本を作るのって、巨大な出版社じゃなくてもできるんだ、と自分が思ったのは、いつのころだったか? 「USやUKのファン

第3話 セルフ・パブリッシングの落とし穴

 あのころの僕らは、出版社をやりたかったわけじゃなく、ただただ、雑誌が作りたかっただけ。だから、どうやってそれを書店に並べるか、次の号を出すためにどうやって精算していくか、それ以前にどうやって売るか、なんて何ひとつ考えていなかったのです。 道まだ遠く  『3ちゃんロック』との出会いで雑誌作りに興味を持ったわけですが、具体的にどうやってそこにたどり着いたらいいのかは分からない。当時、少しニューヨークに住んだこともあって、現地のファンジン・カルチャーに刺激を受けるものの、自分

第4話 zineというメディア

 ルー・バーロウをフォーク・インプロージョンとして招聘したときのこと。帰りの成田行きの空港バスを待つために、渋谷のエクセルホテル東急のカフェでしんみりとツアーを思い返していました。  「渋谷のこのあたりは大きなビルばかりだね」とそこから見えるインフォスタワーを指し示すルー。「あそこにはね、日本で最も有名な音楽誌「ROCKIN' ON」の編集部があるんだよ」と答える自分。「じゃ、次は君らの編集部があのビルに入る番だね」「いや、僕らはそんな風にはなれないし、ならないよ」と笑う。