あいのプレゼント

藍田 裕紀人(あいだ ゆきと) 28歳
麻倉 朱里(あさくら あかり) 26歳

今日は朱里の26歳のお誕生日です。
上演時間:約30分

ーーーーーーーーーーーーーー
※使用のルール※
・語尾改変はご自由にどうぞ。
・内容が変わるほどの改変、自作発言はご遠慮ください。
・台詞のアドリブは禁止です。相槌や呼吸などは自由に入れてください。
・ツイキャス、スカイプ、ディスコードなどの無料上演の場合は報告任意です。ご連絡頂ければ聞きに行かせて頂く可能性もあります。
・有料上演に使用する場合は報告必須です。目的、上演場所、役者名をご連絡ください。内容によってはお断り場合するがございます。
・使用の際はタイトル、作者名(麻音orまお)、こちらのURLをご記載ください。
・連絡先 Twitter@mao_ssss
ーーーーーーーーーーーーーー


朱里M:進学のために都会に出てきた。
夢を追いかけて、なんて聞こえはいいけれど結局は現実を見れていないだけ。
本腰を入れて就活を始めるために引っ越してきた郊外のアパートは金額相応の壁の薄さで。
ここで心機一転がんばるぞー、なんて思いながら引っ越し作業もすべて終わった夜。
ベランダに出て煙草に火をつけようとした時だった。
手の中にあったはずのライターがベランダの床を跳ねる。
この些細な出来事が、私の新生活を、大きく変えることになるのだった。

朱里:あっ…うわ、最悪…えーと、んー…真っ暗で見えないじゃん…。

裕紀人:あの、
朱里:ひぇっ!?え!?うぇ!?
裕紀人:隣です。隣。こんばんは。
朱里:あ、あぁ…びっくりした…こんばんは…。

朱里M:声のする方を見ると、隣の部屋から身を乗り出して、男性がひらひらと手を振っていた。

裕紀人:これ、こっちに転がってきたから。
朱里:あー!ライター!すみません、助かりました!
裕紀人:いえ。最近引っ越してこられたんですか?
朱里:あっ、そうなんです。ご挨拶もせずすみません。
裕紀人:いえ。都会は危ないですから、必要ないと思いますよ(煙草を吸う)

朱里:(煙草に火をつけ煙を吐き出す)あ、私、麻倉朱里(あさくらあかり)です。よろしくお願いします。
裕紀人:あぁ、藍田裕紀人(あいだゆきと)です。どうも。

朱里M:お互いぺこりとお辞儀をして、気まずい沈黙が続く。



裕紀人:(火を消して)じゃあ。あ、もしうるさかったりしたら遠慮なく𠮟ってもらっていいんで。ここ壁薄いから。
朱里:あっ、それは、私も…!気を付けます!
裕紀人:俺はそういうの気にしないんで、そっちはご自由に。じゃ。

朱里M:本当に些細な出来事。隣人に挨拶をしただけ。
それがまさかこんなことになろうとは、この時は想像もしていなかったのだけど。


ドアの開く音

朱里:ほら起きてー!朝だよー!
裕紀人:ん、んー……
朱里:今日はいい天気だよ!起きて起きて!ほら、おきる!
裕紀人:あー……弁当つめる、ちょっと待ってて…。

裕紀人、ゆっくりと起き上がりキッチンへ

朱里:今日のお弁当何!?
裕紀人:あっ、見るなよ、今日のは昼までのお楽しみ。
朱里:えーけちー。テレビ見ててもいいー?
裕紀人:時間平気?
朱里:うん!まだ余裕あるからゆっくりでいいよー。
裕紀人:(あくびをしながら)お前よく毎朝ちゃんと起きられるよな…。
朱里:裕紀人が朝弱すぎなの!不健康な生活してんじゃないのー?
裕紀人:…うっせぇなぁ。
朱里:にしてもちゃんと就職先も決まって、仕事にも慣れてきたし、ほんとよかったぁ。最初は家賃払えるか心配だったけど。
裕紀人:お前しっかりしてるし、まあそんなもんじゃん?
朱里:えー!なにそれ優しいじゃーん!
裕紀人:もう少し料理出来るようになればもっと安心なんだけどな?
朱里:うっ…裕紀人が作ってくれるからいいの!
裕紀人:人をアテにすんな。…ほら、弁当。
朱里:わーいありがとう、行ってきます!裕紀人も仕事遅刻しないようにねー!

ドアの閉じる音
裕紀人、ベランダへ出て煙草に火をつける
(久しぶりの煙草のため、数回せき込む)

裕紀人:もう吸わないつもりだったんだけど。(深呼吸して呼吸を整え)明日、か……。結局言えなかったなあ。

裕紀人M:俺は明日、この部屋を出ていく。
一人暮らしは長かったし、料理もできるし、今までも特に困ったことはなかった。
でも朱里と出会ってからの3年は、過去のどの時間よりも楽しかったように思う。
言わなきゃ、とずっと思っていた。でも、なんて言えばいいのかわからなかった。
先延ばしにしたって、結果が変わるわけじゃないのに。

裕紀人:っ……。

胸を押さえて座り込む。
しばらく荒い呼吸。

裕紀人M:近頃、動悸が激しくなることが増えた。
これも、朱里に言えないでいることの一つ。

裕紀人:っあー…なんで俺なんだろうなぁ…。嫌だな。嫌だ…。

裕紀人:子供みたいに駄々をこねたって、それこそ結果は変わらない。
ベランダの床を殴りつける。手の皮が破けて血が滲んだ。

裕紀人:くそっ……。

裕紀人M:朱里を恋愛的な意味で意識したのはいつ頃からだろう。
二人とも喫煙者なので、よくベランダで顔を会わせるようになった。
もちろんベランダに出るだけなら姿は見えないが、気配はわかる。
どちらからともなく話しかけるようになって、それからは毎日他愛もない会話をするようになった。
俺が朝が弱いという話をすればモーニングコールを買って出てくれ、それでも起きられない俺は合鍵を渡して起こしてもらうようになった。
その代わりというわけでもないが、毎日弁当を作るようになって。
好きになるなという方が、無理な気がする。
俺は、明るくて素直な朱里が好きだった。救われていた。世界が、色付いた気がした。

裕紀人:……朱里。


-------------


職場の昼休み

朱里:やっとお昼だぁ。今日のご飯はなんだろなー!(お弁当バッグを開ける)あれ、何か入ってる。メッセージカード…?「誕生日おめでとう。仕事終わったら俺の部屋きて、夕飯作るから」(少し笑って)裕紀人、覚えててくれたんだ……。

朱里M:そう、今日は私の誕生日だ。覚えていてくれて、こうして祝ってくれるのは素直にうれしい。

朱里:裕紀人、何作ってくれるんだろー!楽しみだなぁ!

朱里M:お楽しみだと言われたお弁当には、私の大好きなハンバーグが入っていた。
思わず頬が緩んで、変な笑いが漏れる。
一口頬張って、幸せだなあ、なんて。付き合っているわけでもないのに。
そう、付き合っているわけではない。でも私は、裕紀人のことが大好きだ。今のところ、伝える予定はないけれど…。

朱里:今のままで、いいの。

朱里M:そう、今のままでいい。何も変わらなくていい。だって私は、今が一番幸せだから。
その時、記憶の中のどこかに、違和感を覚えた。
あれは、そうだ。数か月前、いつものベランダでのこと。

(回想)
裕紀人:これ、やるよ。
朱里:え?

朱里M:隣の部屋から手を伸ばして差し出してきたのは、彼がいつも使っているジッポだった。

朱里:これ…裕紀人がいつも使ってるやつじゃん。なに、いらないの?
裕紀人:うん。煙草、やめるから。
朱里:はあ!?裕紀人が!?煙草を!?やめる!?
裕紀人:うるせぇ……そうだよ。
朱里:なんで!?
裕紀人:なんでって…健康のため?
朱里:はあー!?そんなの気にするタイプだったの!?
裕紀人:うっせーなぁ、いいだろなんだって。もう使わないから、お前にやる。高かったんだから大事に使えよ。
朱里:ありがと……そっかぁ、やめちゃうのかぁ。
裕紀人:なんだよ。
朱里:や、そしたら、もうこうやって煙草吸いにベランダ出る理由もなくなるなーって。
裕紀人:は?別に俺のことなんか気にせず吸ったらいいじゃん。
朱里:そうなんだけど!そうだけど!あっ、じゃあ私のライターあげる!また吸いたくなるかもしれないじゃん?
裕紀人:…もう吸わないよ。
朱里:いいから!はい!あーあ、ひとりで吸うの寂しくなるなぁ。
裕紀人:別に話し相手くらいにはなるよ。
朱里:それはなんか、付き合わせてるみたいで~……
裕紀人:お前めんどくせぇな。
朱里:知ってるでしょ!めんどくさいの!ごめんね!?きらい!?
裕紀人:(笑いながら)嫌いじゃないよ。

朱里M:手を伸ばして頭をポンポンと叩いてくる裕紀人。その手が大きくて、温かくて、安心すると同時になぜか背筋に冷たいものを感じた。
私は何も変わりたくないのに。このままでいいのに。
私たち、ずっとこのままだよね?ねえ、裕紀人……。
(回想終了)


-------------


朱里M:無事残業を回避して定時で帰宅し、化粧を落とし、ついでに部屋着に着替えて隣の部屋へ。

朱里:たっだいまー!
裕紀人:お前の家じゃねえよ。おかえり。ケーキあるからあんまり食い過ぎんなよ。
朱里:あっ!からあげだぁ!一個もーらいっ!
裕紀人:うっわ行儀悪っ!これから食うんだから座るまで待てねえのかよ。
朱里:からあげはできたてが一番美味しいんですー!んー、やっぱ裕紀人のからあげ最高!
裕紀人:ほら、テーブルあけて
朱里:ん?なになに?うわあ、とろふわオムライス!
裕紀人:お前好きだろ
朱里:大好き!!ありがとー!裕紀人!
裕紀人:おう。あ、食い終わったらさ、話、あるから。
朱里:え、なに?
裕紀人:いや、あとで。
朱里:ふーん…?まあいいや、いただきます!
裕紀人:めしあがれ。

朱里:あーほんと美味しい!なんで裕紀人こんなに料理上手なの?どっかで習ってた?
裕紀人:いや全然。食えば何となく何が入ってるかわかるじゃん。それを再現するだけ。
朱里:わっかんないよ!?わかんない!
裕紀人:お前の舌が馬鹿なんだよ。
朱里:うう、それは、否定しないけど!今でもオムライスもからあげもハンバーグも大好きだけど!!
裕紀人:いやそれは別にいいけどさ…お子様ランチみたいな食い物好きだよなお前。
朱里:だって美味しいじゃん!
裕紀人:いつまでもおこちゃまでちゅねえ
朱里:うっさいなー。あ、今日メッセージカードありがとね!誕生日覚えててくれて嬉しかった。
裕紀人:あぁ、そりゃまあ、覚えてるだろ。もう3回目か。
朱里:ここ越してきてもうそんなになるのかぁ。ほんと隣が裕紀人でよかったぁ!
裕紀人:なんで?
朱里:毎日おいしいご飯が食べられるから!
裕紀人:現金なやつ……
朱里:へへ、でもほんとだよ。ベランダで話しかけられた時はびっくりしたけど。
裕紀人:お前がライター落とすからだろ。板の隙間からこっちに転がってきたから。仕方なくだよ。
朱里:でもそのおかげで、裕紀人も毎日朝起こしてもらえるんだから感謝してよねー?
裕紀人:まあ、それは、うん。
朱里:別に私だって料理するけど、ほとんどレトルトみたいな生活になってたから裕紀人をゲットできてよかったわぁ
裕紀人:人を自分のものみたいに言うな。
朱里:そーだねごめんごめん、わたしが、裕紀人のもの、だもんねー?
裕紀人:おまっ、それ、まだ覚えて…!?

朱里M:あれは1年と少し前。たまたま仕事が遅くなった帰り道、面倒な男数人に絡まれたことがあった。
(回想)
朱里:やめてください…やめてっ……
朱里M:酔っていたらしい彼らは私の腕を無理に引っ張りどこかへ連れて行こうとしていた。そこにたまたま、裕紀人が通りかかったのだ。
裕紀人:離せよ。俺のモンに何手出してんだてめぇら。
朱里:裕紀人……
裕紀人:離せって言ってんのが聞こえねぇのかよ!あぁ!?
(回想終了)

朱里:裕紀人、かっこよかったぁ
裕紀人:もう忘れろって……あれは言葉のアヤというか…俺も必死で…。
朱里:うん、わかってるよ。でも面白かったから忘れろっていうのはむーり!
裕紀人:はぁ…くっそ。いいよもう。メシ食ったなら片付けるぞ。ケーキあるから。
朱里:わーい!ケーキ!

朱里M:二人で食器を片付け、再びテーブルに着く。裕紀人が冷蔵庫からいくつかのショートケーキを盛り合わせて持ってきた。
朱里:わあ!すごい!いろいろある!
裕紀人:ホールのほうがいいかとも思ったけど、お前飽きるだろ。
朱里:うん!
裕紀人:元気に返事すんな……ロウソク立てるから、電気消すぞ。
朱里:ふーしていいの!?
裕紀人:やりたいんだろ?
朱里:やりたいっ!

ライターで火をつける裕紀人
電気が消える音

朱里:わぁ……綺麗…。
裕紀人:誕生日おめでとう、朱里。
朱里:ありがとう裕紀人!消すね。
裕紀人:おう

朱里、ロウソクを吹き消す

朱里:あはは、真っ暗になっちゃった。電気つけよっか…って、裕紀人!?

裕紀人、背中から朱里を抱きしめる。

裕紀人:そのまま聞いて。
朱里:う、うん。
裕紀人:俺、お前のこと、好き。
朱里:ありがとう……私も、すき、だよ?
裕紀人:それ、たぶん違う好きだろ。
朱里:……なに、違う好き、って。
裕紀人:お前は俺のこと、兄妹みたいに思ってるのかもしんないけど、俺は男女として、お前のこと…好きなんだよ。
朱里:…………そん、なの。
裕紀人:いい。答えが聞きたいわけじゃない。俺ね、明日、この部屋出てくの。
朱里:えっ!?
裕紀人:だから、お前と会うのも今日が最後。
朱里:なん、で?引っ越したってまた会えば…!
裕紀人:引っ越さないの。
朱里:どういうこと…?
裕紀人:入院すんの。俺。明日。
朱里:入院!?は!?なんで!?
裕紀人:あー…説明するとめんどくせぇから、まあ、そういうこと。だから最後に、気持ち、伝えときたくて。ずるいよな。もう会えないのにこんなの。そんで自分は傷付きたくないから返事聞きたくないとか、勝手だよな。ごめん。

朱里M:裕紀人の声が、震えていた。

裕紀人:俺、お前のこと、大好き。大切に思ってる。…本当に俺のものに、してやりたかった。どうかこれからも、元気で生きていって。

朱里の頬にキスをする裕紀人

朱里:……勝手だよ。ほんと勝手。
裕紀人:ごめん。
朱里:私がいなきゃ朝起きられないくせに。料理だけが取り柄で、他にはなにもできない生活力皆無の男が、今更私を手放して生きていけると思ってんの?
裕紀人:……ごめん。
朱里:私も、好きだって、言ったじゃん。
裕紀人:だからそれは、
朱里:同じ意味で!好きだってこと!
裕紀人:…マジで?
朱里:うん。
裕紀人:俺のは、だって、アレだよ?そういうこともしたい、っていう……好きだよ?
朱里:だから、そうだって言ってんの!
裕紀人:……うわぁ、マジか。
朱里:何ようわぁって!
裕紀人:…夢みたいだ。
朱里:夢じゃ、ないよ。

どちらからともなく触れるだけのキス

裕紀人:でも、もう会えない。
朱里:なんで?私お見舞い行くし、退院したらまた、
裕紀人:ごめん。ずっと言えなかったんだけど、俺、結構まずい状態みたい。
朱里:……え?
裕紀人:一年前くらいかな、職場で倒れて。ずっと薬でごまかしてたんだけど、なかなか回復しなくて。
朱里:えっ、なにそれ、なんで言ってくんなかったの……。病気?てか、え、だって全然元気じゃん。
裕紀人:お前の前では、無理してた。仕事もキツくなって、1か月前に辞めた。最近は昼間とか、全然起き上がれなくて、あーやべぇかもって、何回も思った。
朱里:今も、つらいの?
裕紀人:……まあ。
朱里:なんで、言ってくれないの……。
裕紀人:今日まで、どうしてもここに居たかった。最後にお前の誕生日、祝いたかったから。
朱里:そんなっ、そんなことっ…!
裕紀人:朱里、好きだよ。
朱里:っ……。



朱里:お見舞い、行くもん。
裕紀人:来ても会えない。
朱里:なんで。
裕紀人:……ごめん、俺が、会いたくない。
朱里:なに、それ。
裕紀人:ここの荷物も全部捨てるから、欲しいのあれば持って行って。
朱里:え、そんな、の……



朱里:それがほしい。今つけてるネックレス。
裕紀人:これ?
朱里:今、私につけてほしい。
裕紀人:いいよ
朱里:裕紀人のこと、忘れない。
裕紀人:忘れていいよ。
朱里:忘れない。世界で一番、裕紀人が大好き。


-------------


朱里M:夏が来て、秋が来て、冬が来た。裕紀人がそのあとどうなったのか、私は知らない。私たちは家族じゃない。入院先も知らないし、何が起こったって連絡が来る道理がない。
だから私は、ずっと信じることができる。裕紀人がまだ、この世界のどこかで、ちゃんと息をして、笑ってるんだって。いつかまた、きっと、会えるんだって。

朱里M:あれから何度目かの桜が咲いて、散った。今もまだ、私はこの部屋で待っている。あの日のメッセージカードをくるくると指で弄びながら、咲き誇る緑を眺めた。
裕紀人のための、私でいたかった。ずっと隣で、必要とされたかった。

朱里:裕紀人のものに、なりたかったよ、ばか……。

朱里M:今もまだ、ここで待ってる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?