渋いワイン
子供というのは皆、自分のことを大人に見せたいものだ。
中学生の頃にブラックコーヒーを飲んでみたり、高校生になって解りもしない洋楽を聴いてみたり。
誰しもそんな経験はあるだろう。
僕は大学生の頃、メディア関係のゼミに所属していた。
担当教授はメディア学の世界ではちょっとした有名人で、夕方のテレビのワイドショーなどにも出演している人だった。
学生もマスコミ志望の、いわゆる意識の高い学生が多く、僕も当時はその中の一人だった。
ある日、教授が就職活動に向けての決起集会的な意味合いで、ゼミの飲み会を開催してくれた。
会場は大学の近くのイタリアンレストラン。
白を基調とした店内。
ゆったりとした間隔で上等なクロスの掛けられたテーブルが置かれている。
カウンターの奥にはグラスと、高そうなワインボトルが綺麗に並べられている。
大学生にはあまりにも敷居が高い雰囲気だ。
他愛もない会話をしながら、食事と酒を楽しんでいると、教授がワインのうんちくを喋り出した。
赤ワインは常温で呑むものだ。常温で呑むことにより渋みが引き立ち、ワイン好きはその渋みを楽しむのだ、と。
教授はうんちくを語った後、おもむろに一本一万円を超える赤ワインを注文した。
本当に美味しいワインの楽しみ方を教えてやる、と言いながら、ゼミ生全員のグラスにワインを注ぎ、改めて乾杯をした。
初の高級ワインを一口飲む。
正直、美味しくない。
ぬるくて、渋くて、それだけだ。大学生の僕の口には嫌な味わいでしかなかった。
周りのゼミ生も同じ様な表情をしている。
しかし、美味しくないと言う訳にはいかない。
大学三年生のモラトリアム終盤。
ここでどの様な反応を示すかどうかで、大人の階段を登れるかが決まるような雰囲気。さながら、期末試験を受けている気分だった。
速やかにこのグラスを飲み干して、レモンサワーで口直しをしたいところだが、味わいながら飲まなければいけない以上、一気に飲み干すこともできない。
就職活動についての会話をしながらも、心の中ではそんな睨み合いが続く。
その時、ある男子学生が自分のグラスを飲み干し、目の前のフィッシュアンドチップスを頬張った。
それを見た僕も、それに乗じてワイングラスを空にし、隣のテーブルのピザにかぶりついた。
僕は今、そんな事を思い出しながら、コーラを飲んでグミを食べている。
これを素直に書けているだけ、少しは大人の階段を登れたのかもしれない。
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