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彼岸桜(桜あつめVer.)

卒業式の彼女はとても綺麗だった。

袴姿の女子学生は、もちろん沢山いたけれど、普段は素顔を晒していることが多いミサトが、薄くだが化粧をし、きちんと髪を結っていた。元々綺麗な顔立ちをしている彼女だから、とても目立つ。それに今日はいつもの元気な彼女とは、どこか違うしっとりと落ち着いた雰囲気で。

私はと言えば、母親のお下がりの着物で、白地に友人達には「渋過ぎる」とか「極道の妻」とか、どこへ行っても同じ感想を、延々と聞かされた。

…いえ好みで選んだものだから、いいのだけれど。

ここまで、誰もかれも全く同じ反応ならいっそのこと、ピンクとかアクアマリンとか、可憐な花が埋め尽くされているとか、可愛らしい色や柄の振り袖でも着れば良かったかと思う。

三年生の夏から、大学の外で研修を受けていたミサトとは、暫く疎遠になっていたけれど、お互い無事単位も取得し就職も決まり、時間が出来て最近は会うことも多かった。

けれど卒業すれば、また離れ離れになる。

ミサトはドイツへ
私は第三東京市へ

母体は一緒の場所に就職したとはいえ、全く違う部門の仕事をするのだから、配属が別々になるのは仕方ないけれど、やはり少し寂しい気がした。

「ね、リツコ」

友人のコトコが、静かに私の袖を引く。

「どうしたの」

彼女は声を潜めて、私だけに聞こえるように言った。

「…加持君がいる」

(え、リョウちゃんが…?)

最初は見間違いなのではないかと思った。

リョウちゃんがミサトと別れてからも、たまにお茶したり、飲んだりすることはあったが、四年生になってからは、全く学校で姿を見かけなくなっていた彼。
おそらく論文だけしか、残っていなかったはずだから、このまま卒業していくのだろうと思っていたけれど、孤独を好む彼の性格から考えれば、式に姿を見せるとは思わなかった。

しかしコトコの言う通り確かにそこに彼の姿を見つける。

大学の校門の前にある、学生の溜り場のレトロな喫茶店の敷地内。
その中でどっしり存在感を見せつけている、セカンドインパクトも生き延びた大きな桜、早咲きの彼岸桜は、見ことな位にびっしりと、こぼれ落ちそうな程の花を咲かせている。

今日は時々風が強く吹いていた。

その意地悪に耐きれなかった花びら達が、ちらちらと美しく舞っていたのだが、その大きな桜の幹の影に彼はいた。

コトコに教えてもらわないと、気づかない位に隠れるようにして立っている彼。多くの卒業式に参加する学生がそうしているように、卒業式用の正装…紋付袴やスーツの様な姿でなく、いつものラフな格好のままの背の高い人物。それは紛れもなく、加持リョウジだった。

全く目立たず、桜の木に溶け込んでいるようにも見える。

そして彼の視線の先には、明るく無邪気に笑って、仲間と談笑している、ミサトがいた。

私は、一瞬声をかけそうになって、やめた。

リョウちゃんと別れた後のミサトを思うと、とても声をかける気になれなかったのだ。

それに彼は、ミサト以外に視線を向けようとはしなかった。
その姿は近づきがたく、まるで、彼の世界に入っていってはいけないような気がして。

私は、不安そうに様子を請うコトコに目配せし、それ以上リョウちゃんのいる方向に視線を向けず、祝宴の輪の中に戻った。

それがリョウちゃんとミサトの友人として、正しいことなのかは分からなかったが、何より彼が友人達の前に姿を見せることを、避けているのは間違いない。だから、その思い通りこちらもそうした方がいいと思ったのだ。

卒業式に久々に仲間と集まったせいか、話に夢中なミサトは、リョウちゃんの気配に気が付いていない、と思われた。

卒業生がどんどん集まって、華やかさが増す。友人達と言葉を交わすうちに時間になり、式が行われる講堂へ入る前に桜の木の下を振り返ると、もうそこに、リョウちゃんの姿は無かった。

私は複雑な気持ちで式に望んだ。やはり、ミサトにリョウちゃんが来ていたことを教えた方が良かった気がしたのだ。

しかし、式が始まると、形だけだと思っていたはずが、社会人になるのを改めて感じ、背筋が伸びる気がして、暫し、そのことを忘れた。ちゃんとした卒業式に出たのは、小学生の頃以来だろうか 。中学生の時も高校生の時も、こんな形式張った行ことは無かったので、私は思いがけず目頭を熱くし、自分でも驚いた。

もっとも仲間は号泣していた。

特にミサトは、私にがっちりしがみつき、せっかくのお化粧が取れてしまう位に、泣きじゃくっていた。

そういえば、私は母さんが出席してくれたけれど、ミサトの親族は、誰もいなかった。 だから彼女は、余計に寂しかったのかもしれない。

涙をポロポロ流すミサトに、私も言葉が少なくなり

「今生の別れじゃないのよ」

と言うのが精一杯だった。

私もこの友人と別れるのが、辛くなっていたのだ。

やがて式が終わり、この後の謝恩会へ急ぐ卒業生、別れを惜しむ卒業生の声が、あちらこちらで聞こえ始めた頃、ずっと側にいたミサトの姿が、見えなくなっていることに気が付く。

母にミサトを探してくると告げ、ミサトの行きそうな場所を探したが、見つからない。講堂へ戻っているかもしれないと、再び足を向けた。

その時、私の視界が一瞬淡いピンク色の世界になった。

強い風に吹かれ、夥しい桜の花びらが、吹雪のように乱れ舞いながら、私の方へ流れて来たのだ。その花びらが飛んできた方向に目を向けると、彼が隠れる様にミサトを見つめていた、あの満開の桜の木の下に、彼女はいた。

いつからそこにいたのだろう…ただ佇んでいる。

そこにリョウちゃんはいない。

けれど、桜の木を愛しむ様に見つめているミサト。
間違いなく、彼女は彼を見ていた。

ミサトは、気づいていたのだろうか

あの時、彼が他の誰にも見せない、優しい表情で、貴女を見つめていたことを。

そしてリョウちゃんは、知っているのだろうか

今、彼女がこの桜に他の誰にも見せない美しい表情で、貴方を重ねて見つめていることを。

……私はふたりに結ばれた、赤い糸を見た様な気がした。

再び風が桜の木に流れ、そこからこぼれ落ちた花びらが、その流れに乗り、ミサトを包み込むように舞う。儚くも、まだ散るには早すぎるその美しい姿を、見せていた桜ではあったが、ふたりの想いに答えるように、その姿を降らせる。

桜の花びらも、桜の木に溶け込む彼女も、とても綺麗で。

私はその姿から、目を逸らすことが出来ずに、彼女をいつまでもいつまでも、見つめずにはいられなかった。

<FIN>

→夜に咲く

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