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彼と、リツコと、正月と

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 加持part ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「俺、リっちゃんの着物姿見れなかったよ…残念。」
「新年会には来てたんだろ」

ラウンジで待ち合わせすると、もうリツコは到着しており、パソコンに目を落としていた。

「だって、貴方の目はミサトに釘付けだったでしょ」

全くその通りではあったが、加持ははぐらかすように、戯けてみせる。

「いやぁ、美しい女性の晴れ姿は誰でも観たいよ」

リツコは薄く笑うだけで返事をしない。
加持はアプローチを変えてみた。

「でもさ、ちょっと気になっていることがあって…あの着物、葛城が選んだのか?」

すると彼女はパソコンから目を離し加持を見た。

「あら、加持くんも気になってた?」
「ミサトの着物、ちょっと幼なかったわよね」

リツコはフッと息を吐くように笑う。

「でも仕方ないわ、もう2枚しか残ってなかったのよ…」

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

新年が明けるまであと少しのところで、リツコはミサトに引っ張られて、新年会のために着替えにきた。

残っていた着物は2枚。2人は波枠に青海波が入った桜の着物と、黒地に大きな菊の花が入った着物を広げて、見比べていた。

「私がこの着物似合うと思う?」

リツコは桜の着物を一瞥するとミサトに渡す。

「う〜ん、けど、わたしリツコがこれ着てるとこ、見てみたいなぁ」

しかし、リツコはミサトの手にある桜の着物を横目で見たが、『ありえないわ』と吐き捨てるように言ったので、ミサトに選択肢はなかった。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「葛城のヤツ、何若作りしてるのかと思ったら、そういう訳だったんだ」

加持はそう口では言いながら、ミサトの艶やかな和装姿に思いを馳せた。

「まぁ、リっちゃんは確かに黒の方が映えるなぁ…」

金髪の彼女は淡い色をチョイスすると、着物に負けてしまうだろう。妖艶な雰囲気を隠しきれない彼女の着物姿は、さぞ美しかったに違いない。

「で、その粋な着物姿を見られたのは誰なんだろうね…羨ましいな」

加持はリツコの肩に手を置いた。が、リツコはその手をすぐに戻した。

「私、自分のことは話さない主義なの」

ガードが硬くなる時に出る、いつもの台詞。

リツコの横顔を見る。
真白な肌に、瞳の下の泣きぼくろがひとつ。
いつも思う。その上を何度涙が流れていったことだろう。

加持はその身を焦がしてまで捧げたい相手がいる彼女を、痛々しくも切なく思った。

(ま。俺も同じか…)

ミサトを愛おしく思う自分。
先の見えない状況に、時々耐えられなくなる。
守ってやることが出来ないと分かってるのに、一緒に時間を共有することをやめられない。

そんなエゴイスティックな自分自身を苦々しく思う。

加持はリツコに初詣で見つけた猫のお守りを渡し、また自身の行くべき場所へ足を踏み出した。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ リツコpart ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

加持を見送ると、リツコは喫煙室に移動し、煙草に火をつけた。

ミサトと行ったのであろう、初詣で加持が買ってきた、猫のお守りを袋から出してみた。猫好きな彼女の、さらに好みの猫のお土産を彼は必ずチョイスしてくれる。

長い付き合いとはいえ、彼の心遣いには感動することがある。

「ホント…マメな男」

自分が愛する男とは大違いだと思うと、リツコは自虐的に笑った。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「司令が許可を出すとは思いませんでしたわ」
「私も着せてもらいましたけれど、窮屈なものですね」

その肌を朱に染め、まだ熱が篭ったままの体を起こし、リツコは床に散乱した着物、長襦袢や、帯などを拾い上げ、ハンガーにかける。

その間…情事の時も彼は服を殆ど脱がない。事を済ませればすぐ去っていく、それだけの関係。
だが、今日、彼の滞在時間は長かった。リツコが彼に女にされてから随分経つが、それまで経験がない程に、執拗に責められた、何度も何度も。

思い出すと身体が熱くなるのを感じる。
それを気取られないように、リツコもいつもの仕事着に袖を通した。

彼も身支度を整え、司令室にいるそのままの姿に戻ると、自動扉の開閉ボタンを押した。

部屋を出るその時、彼は足を止める。

「…似合っていた」

その言葉だけを残すと、部屋を出ていった。

Fin.

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