不器用なふたり2 -kaji part-
「葛城」
「ホントにあれからタバコ、吸ってないのか?」
「…うん」
(マジかよ)
葛城を誘い続けてやっとふたりで飲むことが出来た
飲んだ後のことを考えなかった訳ではないが
あのお姫様はちょっとした変化にも敏感に反応して逃げてしまう
もちろん、ずっと気を遣い続けるなんて御免だが
今は少しずつアイツとの距離を縮める時期だと思っていた
(いや、きっと俺の考えが先走ってるんだ)
(少しは冷静になれ、8年だぞ)
それまで自分がどうしてきたか考えれば、ありえない
真に受けているわけでもない
そう、ありえない、と分かっているのに
葛城に対して、どうしようもなく抑えきれない独占欲に駆られる
俺は今、身動きが出来ない程彼女に捕われていた
**********
ビール缶を片手に星空を見ているのか、第三東京市の夜景を見ているのか
居酒屋では饒舌だった葛城は静かだった
その公務での鎧をまとった顔でも、他人と接する余所行きの顔でもない
素顔の葛城の顔だと気付くと、ドキリとする
苦手な家事に手を出して、失敗して落ち込む彼女も
驚異的な集中力で、勉強をする彼女も
俺より遥かに上をいく、ドライビングテクニックで車を走らせる彼女も
…本能のままに自分に身をゆだねる彼女も
未だ脳裏に焼き付いて離れず、思い出そうとすれば今でも鮮やかに蘇る
忘れようと思ったこともあった
適当に付き合う相手なら、簡単に見つけられる
事実そうしたし、それで良かった
しかし別の女を抱いている時、ふっと葛城の顔が浮かんだ時は
流石に自分に呆れ果て
やがて、忘れることをやめた
俺の心のどこかにいてくれて構わない、と
気がつけば、葛城がタバコの煙をくゆらせている俺の方を見ている
昔の想い出と、彼女のタバコに関する発言で頭が一杯になった俺には
自然と歳を重ね綺麗になった葛城の顔に、学生時代の彼女が重なり
そしてさらにその姿が、遠い日とリンクした
***
古い小さなアパートの奥の部屋で、扇風機が休みなく回っている
季節はセカンドインパクトから、夏の世界しかなくなった
この扇風機も年中稼働しなくてはいけないせいか、消耗が激しく
買ってからそれ程時間も経っていないのに、不具合が出たのか
カタカタと鈍い音が鳴っていた
その横に暫く敷きっぱなしの布団と、枕元に放り投げられたテキスト
そして締められたままのカーテンの隙間から、外の強い日差しが
転がったままのビールの空き缶を照らしている
それでも暑いのにぴったりと加持にくっついたままのミサトは
彼がタバコを吸う仕草を、真剣な眼差しで見ていた
「そんなに見るなよ、いつも吸ってるだろ」
「違うの」
「イライラしてるのかなって思って」
.思いもよらない言葉に加持は面喰らった
「は?何言ってんだよ、そんな訳ないだろ」
それまで加持に体を寄せていた、彼の愛しい女は
くるりと背を向け、少しだけ不機嫌そうに小さな声を出した
「だって」
「タバコってそゆ時に吸うもんじゃないの?」
ミサトの声はさら小さくなった
「…それに」
「あたし、あんまり…上手…じゃ、ないし」
またもミサトから、予想外の言葉が彼に振ってくる
ミサトが余計なこと気にし過ぎだとは思っても、好きな女を不安にさせてたかと思うと
加持はそういえば、今まで欲望を満たす相手は見つけることが出来たが
まともに恋愛してなかったことに気付く
(…全然ガキだってことか、俺も)
加持は苦笑すると、気付かれない様に溜め息をついた
そして、背中を向けたまま動かないミサトの後ろから
優しくそっと抱き締め、耳元で囁く
「そんな時に吸うタバコもあるけれど」
「…ホッとした時にも吸いたくなるもんなの」
抱き締めた直後は硬直していたミサトの体が
加持の言葉に緊張を解き、彼の腕にすっかり委ねられた
少しだけ間を置いて、ミサトは加持の方へ体を戻して彼の顔を見上げる
「ホっとした時?」
「まあな」
ミサトは不思議そうな顔をして加持を見ている
その答えを出してくれているのを待っているのだ
今し方、加持の中で乱れていたミサトを思い出しながら
彼は照れくさそうに鼻を掻いて、つぶやいた
「これ以上言わせるなよ」
ミサトは訳が分からない、といった顔で加持をしばらく見ていたが
加持が灰皿に置いたタバコに手を伸ばし、口につけた
タバコ初体験のミサトはその誰もが経験するように、けほけほとむせる
「こら、あんまり無茶するなよ」
「うん、びっくりした」
「なんで加持くん、こんなの美味しそうに吸ってるの」
口につけたタバコを灰皿に戻し、ミサトは加持の体に再びぴったりと体を寄せた
「でも、この煙加持くんの匂いがするね」
「加持くんに包まれてるみたい」
「も一回包んでやろっか」
「何よ、バカ」
***
そんな葛城の幼さがたまらなく愛しくて、異性に関しては全く真っ白だった彼女を
文字通り自分の思うように変えて行くことに、喜びを感じた
けれど、途中からはすっかり彼女に溺れた俺が、変えられていたのかもしれない
それから、そんな時間を過ごした時だけだったが
葛城は、いつも俺のタバコをねだるようになった
普段は俺やと赤木が目の前で吸っていても、気にする様子もなかったので
葛城のタバコに対する嗜好は、愛煙家とは別の物だったのだろう
自分は吸いだすと止まらないくせに、俺は彼女がタバコを吸うのを嫌った
必ず二本めを吸おうとすると、彼女からタバコを取り上げた
公共の場でタバコを吸う葛城を、見たくなかったし
吸えることを知っている自分に、優越感があった
なにより葛城との未来に何の確証もないのに、彼女の身を案じてしまったからだと思う
…だからこそ、動揺した
もちろん、タバコを吸わなかったからといって
彼女に男がいなかったと、断定できる訳ではない」
それでも葛城の何気ない一言で、それまで抑えてきた感情を
今の俺にはコントロールすることは、むつかしい
「加持くん、タバコ燃えつきそうってか、危ないよ」
ミサトの声で我に返る
加持の指ぎりぎりまで、タバコの火が迫っていた
「うわっ」
あわてて携帯灰皿を出し、タバコを火を消したが
直接当たらないまでも、指に火の熱さが伝わってきた
自分の意識をこんなに別の所に持っていかれていたとは、不覚だった
「ふふ、加持くんのそんな慌てる所見るの久しぶりかも」
葛城が邪気のない笑顔で、俺の様子を見ていた
「いっつも余裕綽々だもん」
胸ポケットに携帯灰皿を突っ込むと、俺は力なく笑う
「いや」
「もう限界だわ」
「え…加持くん?」
俺自身が驚く程緊張して、葛城の頬に触れようとすると
自分の手が震えていることに気付く
それでも何とか彼女と唇を合わせた
これ以上ない位に無器用で、でも胸がくすぐられる
初めて口づけするような、そんな口づけを
唇を離すと少女の様に頬を染めた葛城が、俺を見上げていて
堪らなく愛おしい
「加持くん酔ってるでしょ」
すっかり酔いの覚めていた俺、だが…多分葛城も
けれど、どっちだっていい、今この時間があれば
「俺だって緊張するんだよ」
事実、手の震えがまだ止まらなかった
本部に来てから彼女との距離を縮める度に、手の震えと同様
自分の気持ちの揺らぎが大きくなったのは
大事にしたいとか、また傷つけるとか、巻き込みたくないとか
先のことを考えてどこかで躊躇っていた自分の想いからなのだと思う
だがその感情はもう捨てる
もう今だけの感情に流されて、昔の様に彼女に溺れたい
だから今日は葛城を帰さないと、決めた
…手の震えが自然と消える
その手で、俺はもう一度彼女を引き寄せた