シンデレラ2
(…それにしても顔が真っ赤だな)
「何か考え事でもしてたのか」
加持はバックミラー越しにミサトを見るが
その顔は熱でもあるのかという位に赤かった。
「…別に」
不機嫌そうな声に少しむくれた様な、ミサトの顔
でもその顔は可愛らしいな、と加持は思う。
何より車の中は二人きりで、他に誰もいない。
普段公式の場では絶対に見せない顔を、独占出来る事が
加持には嬉しかった。
それにしても初めて乗ったミサトの愛車のルノーは、思ったより加速がいい。
学生の頃から、女子学生が好むようなアクセサリーやバックよりも
ミサトは車やバイクが好きだった。
自分も好きだったが、自分よりも早く免許を取っていたのを知った時は驚いた。
けれど、加持でも手子摺る様な、こんなレトロなスポーツカーを
よく乗り回しているものだと感心する。
「…何か用?」
相変わらず無愛想な顔をしているミサト。
加持がこうしている訳を分かっているのに、わざわざ聞くミサト。
一生懸命意地っ張りの鎧を纏うミサトに、加持は苦笑した。
「ま、そうなんだけれど…」
「とりあえず車流すよ」
加持はそう言うとアクセルを強く踏んだ。
加持は良く知っている。
ミサトが纏う、その鎧が溶けた時
どうしようもなく可愛らしく愛しい彼女になることを。
(あたしってホント馬鹿)
あれ程警戒していたのに、最後の最後で掴まってしまった。
…しかも今こうして連れ出されている事に、胸が高鳴っている。
ワンパターンだと分かっていながらも、抵抗できる手段は1つしかない。
ミサトは機嫌も悪くないのにふて腐れた顔をして
窓の外を見ているしかなかった。
(…どうしてこうなっちゃうんだろ)
そうだ。
バレンタインデーの夜のこと、思い出していて
気が付いたら、加持くんが目の前にいて
促されるまま、助手席に乗って…
また加持くんのペースに、巻き込まれてる。
でも今日はそんなに嫌じゃない。
けど、未だちょっち抵抗をしようとする自分って
ホント可愛くない。
加持はまた少し強引過ぎたかな、と
機嫌の悪そうなミサトの横顔を、気遣う。
「少しの間だけ、付き合ってくれよ」
「別に襲うつもりも無いし…いや自信ないけどな」
「ばーか」
「…でも、わかった」
ミサトはやっと熱の引いたばかりの顔を
また真っ赤にして、今日初めて素直になった。
「ん~ちょっち遅くなるけど、今日中には帰るから先に寝てて」
加持には、ぼそぼそとしか声を出さないのに
電話している相手には明る過ぎる位の声が、車内に響く。
「大丈夫よ~シンちゃんの作ったのなら、明日食べたって美味しいから」
「じゃ、アスカにもよろしくねん」
ミサトは携帯電話を切ると、ホッとした顔をする。
加持はミサトが保護者としての責任感を、少なからず果たしていることを改めて思う。
「シンジ君どうかしたのかい」
「何かお菓子焼いてくれてたんだって…マカロンとか」
(…やはりな)
「先週もね、ミモザの花送ってくれたのよ」
「働く女性の日…だったかな」
あたしは知らなかったんだけど、とミサトは付け加えた。
(ああ、国際女性デーかそういえばそんな日もあったな)
けれど、そこまでカバーするシンジを思うと
その話をする彼女の顔が、ほんのり嬉しそうなのを横目に
加持はミサトをマンションへ帰さなくて良かったと、改めて思った。
そしてシンジを相手にそんな余裕のない
子供じみた独占欲が心にあることに、加持は苦笑いした。
ミサトはふと車を走らせる加持を見た。
あの頃と比べると、少しだけ大人びた顔
何故伸ばしたのか、一つに結わえた長い髪
笑い皺も少し増えた
声も少しだけ大人びたし.
…無精髭は変わらないか
加持が帰国して以来、ミサトは彼を前にすると
一緒にいた頃に、戻ってしまう気がしてたのだが
今日初めて、その横顔に長い月日が経った事を感じた。
「ホントはさ、今日は飲みに行きたかったんだけれど」
「葛城、今日は忙しかったんだな」
「リっちゃんも君の行き先わからないって言うし」
「全然掴まらないから焦ったよ」
加持はいつもトーンで何気なく語りかけてくる。
けど一日中仕事も上の空で逃げ回ってたの、バレてる…だろうな
と思いながら今更自分の今日の行動に呆れる。
それだけ自分はこのひとに捕われてしまっているのか、とも。
「ま、ま~ね…一応作戦課長なのよワタシ。」
「そうそう、俺なんか下々の者だから相手にされないよなぁ」
「何よ、職場で充分絡んでくるじゃない」
「それは、作戦課長様のお心の広さと言うもんで」
「あんたは特に絡んでくるから、やっかいなのよ」
「いやいや、足りない位だよ」
「バッカじゃないの」
宙に浮いたような会話が続いたが
いつもなら軽く感じる加持の台詞に答えることが、楽しく感じて
ミサトは何だかずっと話していたい、そんな気分だった。
「さ、着いた」
ミサトのマンションから、それほど遠くはない
第三東京市が見渡せる、高台のある公園に車は止まった。
加持は運転席の後ろに置いた紙袋を取り出し
助手席に回ってミサトの手を取った。
「こういう日ってシャンパンかとも思ったんだけれど」
「やっぱり君にはビールかなって」
「何よ、こゆ日って」
「へ?今日は彼氏とデートする日だろ」
「誰が彼氏よ!」
「…じゃ元彼氏でもいいさ」
「今日の残り時間は一緒にいてくれれば」
「ほら、座る。」
加持に促されて、ミサトは夜景が見渡せる場所のベンチに座った。
そんな夜景を彼女は見る余裕もなかったのではあるが。
「一応シャンパンもあるけどどうする?」
「…の、飲む」
加持は思わず吹出す。
酒となるとホント遠慮がない…正直っていうか。
「じゃシャンパン開けてから、ビールにするか」
隣に座った加持の紙袋から、シャンパングラスが2つ。
ミサトは相変わらず準備がいい…こんなイベントごとにはぬかりない
用意周到な彼を見て、その居心地の良さに安心した。
シャンパンの栓を加持があけると、ポンっと小気味良い音。
泡が弾けるグラスに注いで、ミサトに渡す。
「加持くんは飲まないの?」
「お姫様を送り届けなきゃいけないからな、ノンアルコール」
加持はウインクして、乾杯しようとグラスを傾けた。
その言葉にハッとして、ミサトは自分のグラスを加持に傾ける事なく
次々と沸き上がる、シャンパンの細かい泡を見る。
「…ごめんね」
「何で謝るんだよ」
「だってお酒飲めなくしちゃったのって、あたしのせいでしょ」
「あ、あたしが」
一瞬声が詰まる。
「あたしが加持くんから逃げてたか…」
加持はミサトの唇に、人指し指を押し当てる。
「でも」
「今一緒にいるだろ」
「…それにこの状況で飲んだら」
「帰せなくなるし」
ミサトの唇から指を離すと、加持はにっこり笑った。
その笑顔を見て、ミサトは夜景が広がる方に視線を移した。
「…バカ」
「何で、あたしみたいな、面倒な女に関わるのよ」
「…理由、分からない?」
「わかんない」
「ホントにか…俺の目を見て言ってみろよ」
「…わっかんない」
ミサトは不機嫌な言葉とは裏腹に、静かに加持の肩にもたれかかった。
「ホント、素直じゃないな」
加持はそっとミサトの腰に手を回して、軽く引き寄せる。
「でも嬉しいな」
「君の戦闘能力からからして、いつでも逃げられたのに」
「…加持くんが本気出したら適わないわよ」
「少しは自惚れさせてくれよ」
「へ?」
「葛城も俺と一緒にいたかったとか…さ」
加持が目尻を下げて、ミサトに微笑む。
その顔からあわてて目を反らしミサトは俯いていた。
が、もたれかかっていた加持のYシャツをくしゃっと握った。
「…そんな訳、ないじゃない」
ホントは一緒にこうしていることが嬉しい。
そう伝えたいのに伝えられない。
どうしても否定する事しか出来ない。
どうしても素直になる事が出来ない。
ミサトは気が付けば、加持の腕にしがみついていた。
きっと、ずっと、この腕を離したくない。
その想いが言葉の変わりに溢れ出た様で。
加持が作ってくれたふたりだけの時間を、ただ寄り添うだけ。
その優しさを、ぬくもりを、ミサトは言葉に出来ないまでも
しあわせに感じるのだった。
そんな自分に身を委ねているミサトを、加持は抱き締めたくなる。
けれどその腕は、そのまま彼女の髪に触れるだけで留まった。
「いいんだ、こうしていられるだけで」
「あの車が南瓜になる前に」
「お姫様はちゃんと12時までに送り届けるから」
加持はそれ以上何も言わず、ミサトが隣にいるあたたかさを感じていた。
Fin.
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?