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11.商売繁盛(4)

・モデル地区(33歳 )

販売の神様といわれる横尾さんと斉藤君が販売スタッフに加わり、1週間が経つが、目だって太陽熱温水器の売り上げが伸びる事はない。既に支払った百万円の前貸しの事も、月末に約束していた追加の前貸しについても気にならない訳ではないが、私は、夕方にはお客様宅へ出かけ、着々と販売台数を積み重ねるしかなかった。

そんなある日、横尾さんが私に「モデル地区をつくろう」と持ちかける。ある小さな団地に営業をかけ、連鎖反応を利用して、太陽熱温水器を販売するのだという。その為に、その団地の自治会長宅へ一緒に推薦状を書いてもらいに行こうとの提案だ。

推薦状など簡単に書いてもらえないのではと思うが、横尾さんについて自治会長宅を訪問した。横尾さんは「国の省エネ推進のための太陽熱温水器販売なので、普及モデル地区がほしい。ぜひ協力してほしい。商品が良いかどうかは、会長宅にサンプルとして無料で設置させてもらうので、それで見極めてほしい」と話した。

前から会長とは面識があったらしく、話はスムーズだ。会長は、「団地の皆に買ってくれとは書けないが、セールスの話を聞いて判断してほしい」というような事を書いてくれることになる。同席していた私は、会長の気持ちが変わらぬうちにと、電話を借り、取付け業者に翌日のサンプル取付けを指示した。

会長から推薦状と団地内の名前入りの地図をもらい事務所に戻る。帰りの車中、横尾さんは、「明日から忙しくなるぞ」と言った。この様な販売には短期決戦が必要だという。事務所に戻り、翌日からの作戦を立てる。

その団地は全戸数で108軒ある。販売期限は最長2週間。半分の戸数54軒に販売するのを目標にする。すでに1台分の太陽熱温水器は、サンプルとして無料で提供しており、もう後には引けない気持ちだ。翌日の現地午後5時集合を約束し、解散する。

翌日、団地の空き地に風見君・大谷さん・横尾さん・斉藤君・私と暗くなりかけた頃、集合する。皆に会長からの推薦状のコピーと団地内の名前入り地図を渡す。地図には各人の担当エリアが赤鉛筆で記されている。横尾さんより注意事項が話される。


・決して無理強いしない事。
 (悪い噂が立ったらその時点で販売できなくなる)
・自分のエリア以外には行かない。
・1人の担当先は20軒前後しかないのだから、確実に契約してくる事。

などを言い渡され、各自アタック開始。

自治会長の推薦状は、訪問時に見せると効き目があり、家に上げ話を聞いてくれる。私は丁寧に話を進める。スムーズに進み、1軒目から契約をもらう。もう1軒訪問する。大きな家で会社社長宅である。商売人らしく、契約までは届かず、時計を見ると午後9時半を過ぎており、「検討してください」との言葉を残し集合場所へ戻る。

1人戻り、2人戻り、最後の人が戻ってきたのは、それから1時間程経っていた。初日の成果は、5人で4台の契約だ。上出来だ。皆契約がとれて興奮気味だ。自分の持っている地図に、他の人の契約になった家を赤く塗りつぶす。契約の見込み有りは、赤く縁取りをする。108軒の名前の中に、赤く塗りつぶされたのが4軒、縁取りしたのが3軒ついた。

私は事務所に戻り、明日の太陽熱温水器取付工事の手配をする。それまで頼んでいた外注の工事業者は、びっくりした。急に太陽熱温水器の取り付け工事が忙しくなってきたからである。翌日も初日と同じ場所に集合し、販売に歩く。翌日が初日と違っていたのは、昨日の販売の実績だ。それがある分だけ自信を持って話せる。赤く塗りつぶされた地図も役に立つ。この日は6台契約になっり、翌日も5台契約になった。

こうして毎日のように契約が積み重なり、1週間後には30台を突破し、取り付け工事が全く間に合わなくなった。別の工事業者も頼まなければならなくなる。こうなってくると、お客様の中より「自分の家はいつになったら取り付けしてくれるのだ」との不満も出てくる。契約をするとすぐ欲しくなるのが人情であり、あまり待たせると契約がキャンセルになる可能性もある。横尾さんが「ひとつキャンセルがでると、なだれ込む危険性がある」と言うので、太陽熱温水器の屋根への設置だけ先に進める事にした。

私は朝一番、朱色ののぼりを数本準備し、前夜契約になった家の門口に立ててまわった。太陽熱温水器の配達業者にわかりやすくするためだ。こうして10日間で合計48台の太陽熱温水器販売の契約をとることができ、太陽熱温水器の普及モデル地区ができたのである。

すべての家の設置が終わり、その団地を見下ろせるすぐ脇の山に登ってみる。見事に屋根の上に太陽熱温水器が乗っかっていた。横尾さんが「こんなに売れたのは連鎖反応だよ。隣近所がつけると自分もつけなければという気持ちが働くから売れたのだ」と解説してくれた。

訪問販売を全く知らなかった私にとっては、一連の出来事は手品でも見るようなものだった。物の売り方、人の心理に少しだけふれた思いがした。それと同時に横尾さんの発想力・行動力・判断力のすごさも感じたものだった。


・セールスが集まるのは・・・(33歳 )

モデル地区の販売が終わり、セールスも太陽熱温水器の販売に自信を持つことができると、その後は他の地区からも契約があがるようになる。特に山から撮影したモデル地区団地の屋根屋根に設置された太陽熱温水器の写真は、説得力があった。1枚の写真に写っている十数軒の太陽熱温水器は、お客様に安心感を与えたのである。

売れてくると不思議なようにセールスが集まる。口づてに売れる商品だというのを聞きつけ、太陽熱温水器を売りたいと集まってくるのだ。家具のセールスをしていた坂本さんが加わり、百科事典のセールスをしていた桜井さんが加わった。

3坪程のガソリンスタンドの更衣室を片付けて、事務所にしていたので、ミーティングをしようにも、座ることができなくなっていた。夕刊の募集で、新井さん、佐野さんの女性セールスも加わった。佐野さんは60歳近くのおばさんで、私は売れるのかなと疑問を持つが、横尾さんは、「月に2から3台なら売れるように指導する」と自信を持って言い切った。

横尾さんは、自分で営業部長という肩書きをつけ、セールスの指導を担当し、私は工事の手配とアフターを受け持つ事になる。横尾さんは、セールスの教育に私が口をはさむのを極端に嫌った。理由はセールスが迷ってしまうとのことだ。

それまで、全くセールスの経験がなかった女性セールスの新井さんと佐野さんに横尾さんが、セールストークを教える場面に同席した。事務所で私たちがお客様の立場になり、横尾さんがセールスをするのである。横尾さんの話の組み立ては見事だ。例えて言えば、網がどんどん狭まってきて、その網に気づき逃げ出したくなり、出たいと思って見つけた出口が「契約」という、そんな感じのトークだ。

押して、押してチョット引くというような、話の展開なのである。練習としてやっているのを分かっていながらも、契約の判を押してしまいそうな、お客様の気持ちになっている自分を見たのだった。私の組み立てるセールストークとは全く違い、正反対といってもよい。

横尾さんは、次々と入ってくるセールスマンに、マンツーマンで教育し、売れるセールスをつくり上げていった。特にセールスの経験のない人への教育はうまい。2週間かからずに、新人セールスマンに単独で初オーダーをあげさせた。

丸北商事に働くセールスが契約を取れ、収入につながることがわかると彼らは、友人・知人を呼んできた。太陽熱温水器の販売を始めて、わずか3ヶ月目には、セールスが十数名に膨れ上がった。このために、手狭になったガソリンスタンドの更衣室を出て、内郷駅前に事務所を構えることになったのである。

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