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蔡國強といわき

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「この土地で作品を育てる ここから宇宙と対話する ここの人々と一緒に時代の物語を作る」 現代アジアを代表するアーティスト蔡國強さんが1994年に発表したインスタレーション「地平線…
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2020年7月の記事一覧

16.地平線プロジェクト(14)地球から地球を見る

美術館での作品製作と別に海上で発表する作品の製作があった。四倉から豊間の海上10kmに導火線…

15.地平線プロジェクト(13)火薬画

美術館の壁面に展示される火薬画を製作する日がきた。 製作の場所は、「海が見える場所でやり…

14.地平線プロジェクト(12)無理をすると怪我をする

いわき市立美術館で開催された蔡國強展「環太平洋よりー地平線プロジェクト」の開幕初日のこ…

13.地平線プロジェクト(11)「廻光―龍骨」

小名浜に打ち上げられた北洋船の側板を一枚ずつはがす作業もようやく終わり、船の骨組みが見え…

12.地平線プロジェクト(10)菊茶を振る舞う

蔡さんが滞在した四倉のアトリエでは、菊苗がすくすくと育ちかぐわしい香りの花が豊かに咲き…

11.地平線プロジェクト(9)三丈の塔誕生

廃船の作品「龍骨」を作るために剥がされた廃船の側板や廃材は、最初、「龍骨」の周りに桟橋…

10.地平線プロジェクト(8)つながり

十数メートルの廃船は五つに分割させ、美術館への搬入見通しがようやくついた頃、蔡さんから新たな要望が出た。 「塩がほしい」 廃船の作品「龍骨」の周りに「塩の海」を作りたいと言うのだ。どのくらいの量が必要か問うと10トン位あればいいと言う。10トンの塩といえば大型ダンプカー1台分、金額にしたらどのくらいになるのか想像もつかない。またしても新たな難題である。 前に小名浜港で岩塩の積み降ろしをしている光景を見たことを思い出し、ともかく港に向かった。 岩塩のある場所に蔡を案

9.地平線プロジェクト(7)楽しいことがあるから頑張れる

小名浜神白海岸の砂浜から引き上げられた廃船は、小名浜海陸運送の倉庫に運び込まれる。骨組…

8.地平線プロジェクト(6)プロジェクト実現のなかから

廃船の引き上げと移動、搬送という大掛かりな作業が終了した後、東北倶楽部を貸しきり、作業…

7.地平線プロジェクト(5)喜んでもらう気持ちよさが人を集める

佐藤進君の紹介を通して大変な作業をボランティアでこなしてくれた大木土建さんや盤陽重機さ…

6.地平線プロジェクト(4)お手数をおかけします

蔡さんの滞在拠点が決まるといよいよ作品にするための素材探しである。私は朝起きると自分の…

5.地平線プロジェクト(3)できることをきちんとやる

1993年10月 翌年2月からの作品制作に必要な廃船をさがすために蔡さんと二人で四ツ倉港へ行…

4.地平線プロジェクト(2)海の見える山の上に

さっそく93年の10月から翌年の2月までの期間、蔡が滞在するための住居を探すことになる。彼…

3.地平線プロジェクト(1)はじまり

地平線プロジェクトは、いわき市立美術館において発表する作品と、野外で行う「地球から地球を見る」というものだった。 日本では初の公立美術館発表ということもあり、蔡さんは発表に向けてかなりの数のプランを抱えていた。なにかひらめいたり、発想を思いついたりすると、すぐにメモしておくのだろう。そうしたプラン集を、私たちによく見せてくれたものだった。 蔡さんをバックアップする為に、気の合う仲間数名が集って、地平線プロジェクト実行会を組織した。理由は、彼のプランを実行するためには予算が