一日午前零時の誓いと監視者の眼

 青空をバックに、蕾を付けた桜の大枝から毛足の長い黒猫が、黄色い目をいっぱいに見開いてこちらを見る。「信じられない!」と、非難の声が脳裏に響く。少し高い所にいま一匹、白地に黒の斑点を纏った猫が、すました顔でこちらを見ている。「ほらね、言った通り」とも「わかりきってたことじゃん」ともとれる顔。私は何をしたんだっけ、と思う。どんな約束を、反古にした?
 やるべきだったことを思い返してみる。昨日はちゃんと、通販の支払い手続きをした。荷物が届いてすぐに。大丈夫、督促状が来るようなことはない。それから、UNHCRへの寄付も、ちゃんと手続した。うん。ちゃんと、自分で決めたことは実行した。
 寝る前に考えてた今日のTo Doはなんだっけ。生ごみはもう捨てに行った。バケツも洗った。それから?
 今朝はちゃんと、歯磨きをしたよ。くそ忙しい家事の合間を縫ってさ。たったそれだけのことがどんなに大変か、あんた達にはわかんないんだ。最優先事項は秒で更新されるんだから。「秒で?」と黒猫。いや、秒はオーバーかもしれないけどさ。でも結構、分でぐらいは更新されるんだよ。だって、ばあちゃんに手出しされないうちに朝ごはんの片づけはしなきゃいけないしさ、洗いあがった第四弾洗濯物は一刻も早く干さなきゃだし、その前に第五弾洗濯物を仕込まなきゃだし、ばあちゃんが散歩に行くと言えば帯電話と飲み物のボトルを持ったか確認しなきゃだし、帽子がないと言われれば探さなきゃだし、けど宅配が来れば対応はしなきゃだし、県道の渋滞が消えたら即コインランドリーに大物を洗いに行かなきゃだし、それが洗い終わる頃には乾燥機に入れ替えに行かなきゃだし、そうこうするうちにも散歩に行ったばあちゃんが帰ってくるまでには玄関の掃き掃除も済ませとかなきゃ良かれと思って代わりにやってくれたひには並んでる靴がちょっとでも多いと何をどこにしまわれるかわかったもんじゃないし、布巾の処理もしとかないと熱湯消毒中の洗い桶に飛び散る位置で泥付き野菜を平気で洗われちゃうかもだし、コインランドリーのための百円玉をどこからいくつ都合したか、書いとかなきゃわけわかんなくなっちゃうし、本当は対外的な責任のあることをこそ最優先と思いつつ、サークルのレポートはまだ書けてないしさ。
 必死で脳内にまくしたてるけれど、いつの間にか、猫達は無関心だ。よく考えたら、ちゃんと履行できてるのだから非難されるいわれはない。じゃあなんだろう。まだ、黒猫は黄色い目をいっぱいに見開いて非難がましくこちらを見ている。何がいけなかったんだろう。あと何を決めたっけ。アレか? さっき食べた葱味噌煎餅。いや、でもさ、と思う。
 朝ごはんは軽めにしたしさ。ちゃんと野菜から食べたよ。だけど、おやつを野菜から入るって難しいじゃん? とはいえ、両親に十時のお茶を出したら、自分も何かちょっと口に入れたくなるじゃない。そりゃ、コメはカロリー高いけどさ。でも、量より質、って。脂肪分と一緒に採らないだけましなはず。シュークリームとかじゃなく、お煎餅。昨日の夕食後は何も食べなかったし。
 一生懸命いいわけしながら掃除をして、昼食後にやっとレポートを書いて送信して、トイレに入ると、行儀よく並んだ数字の上から、黒猫はやっぱり非難がましくこちらを見ている。
 いいやもう。月が替わるまでの辛抱だ。と、思うけれど。
 今日はまだ四日で、まだあと二十六日も、この目に耐えなきゃいけないのか。ああ。思い出せない。月の変わり目に、私は何を誓ったんだろう。

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