呪われた備忘録
布団の中で静かに過ごしたけど眠れずに朝が来ました。昨日の帰り道どうしても耐えられなくて一年ぶりに購入したコーンフレークと牛乳1リットルを一晩で平らげてしまった。実態のないものに頭をつかって、身体は糖分を欲していたらしい。
眠いのに眠れなかった。昨日の夜、高校生の時によく聴いていた曲を聴いてからというもの。過去にあった真っ暗な気持ちのほとんどを、ほとんどの具体的な実感を、すっかり忘れてしまったことを思い出したから。
最近は感情の渦にのまれるような事もなく、楽しく生きていた。呪いが解けたと思ったし、大人になれたと思っていた。いまこう在れるようになったのは、過去の自分がすっかり他人になり、全て忘れた。それだけのことが原因で、何も解決したわけじゃあなかったのだけど。これが折り合いをつけるということか。これで折り合いがついてるならいいんだけど、どこかふわふわとした心地で、そしてどこか不安で、現に今眠れずに朝が来てしまっている。
辛かった事、具体的な実感を何も思い出せない。それゆえに私の過去は、幸せだったような気もしてるんだけど、多分しばらく相当真っ暗な気持ちで生きて来てはいたんだろうな。その感覚だけがここに残っている。
嫌だった感覚だけ思い出されて具体的には何も思い出せない。生きててごめんなさいみたいな感情になるだけで。
強い気持ちで捨ててしまいたいと願っていた記憶や過去だとはいえ、実際すっぽりと抜け落ちてしまうと自分が自分であることの実感さえ同時に失われてしまうものだ。人生の一部を持って行かれてしまった。誰に持って行かれたのかは分からない。自分の体験を失って、時と経験を積んだのに自分は、持って行かれた分だけ薄っぺらい他人になってしまった。自分の体験だったはずのものが、読んだ小説よりも外側の出来事になって、夢見がいいな。ここが寿命か。
呪われたように過去の出来事で泣き続ける現在が嫌だった。過去を燃やす現在が嫌だった、だから捨てたのに、捨てたことさえ忘れて、自分が完全に他人になって、自分があまりにも軽すぎる。浮遊して、どこにも立ってられないような気分だ。
また写真に生かされる今日になってしまった。
写真があって良かったしやってきてよかったな。写真で紡いできた実感だけは、本当に自分の人生だと思えるわ。多分私は病人だと思うけれど、写真の活動でどうにかなってるな。適切な言葉が見つからないけど、人として正しい部分を繋ぎ止めてくれていると思う。
善処しても善処しても治らないな。めけずにやろうね。この心身で生きていこうね。これからも。
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写真で呼吸する記憶。
日々撮った写真の記録。考えたことの記録。
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