腐葉土とボクと、ときどきおとん(最終話)~やがて土になる

mstdn.beer Advent Calendar 2023 の4日目の記事です。てすとくんさん、いつもアドベントカレンダーを設置していただきありがとうございます。
なお、この記事は、ウチの兄(以下「腐葉土」と呼びます)の身に起きたここ数年の出来事を振り返る内容であり極めて個人的な内容を含みますので、お読みいただいた後はどうぞご内密にお願いします。

2023年11月某日

その日、腐葉土は菩提寺の本堂で法事を主催していました。おとんの一周忌です。当日の朝、参列する兄弟たちと自宅で落ち合ってから会場である菩提寺に移動するさながら、腐葉土は兄弟たちに「参列者が少なくて焼香で煙が少ないと寂しいからそれぞれ大量にお香をぶちこもうぜ。そのほうが派手好きなおとんもよろこぶしな」などとうそぶいていました。いつでも空気の読めない腐葉土です。
読経の響く中、住職から「それでは施主様から順番にお焼香をお願いします」と言われ、おずおずと香炉に向かった腐葉土は、焼香をしようとするところでしばしフリーズした後に、かねて話していたように大量のお香を香炉に運びます。が、一向に煙が立ちません。香炉の中に焼香炭がなかったのです。

株式会社セレモニーさまWebサイトより

こんなことがあるのでしょうか?参列者によって灰しか内香炉の中につぎつぎと落とし込まれるお香。まったく煙の立たない中で法事は終わりました。おとんも草葉の陰で苦笑いしていることでしょう。

2021年以前

腐葉土は東京都府中市で暮らし、おとんはその生まれ育った地で独り暮らしをしていました。長らく家事の一切をおかんに任せきりだったおとんは、生来のものぐさな性格もあって自炊がほとんどできません。そのため、腐葉土は週に1度、週末に実家を訪れては1週間分のおとんの食事を用意するという生活を数年続けていました。
おとんの血を色濃く受け継いだものぐさな性格の腐葉土は、実はこの頃までほとんど料理をしたことがありません。そのため、腐葉土が用意した料理がまったく手を付けられずに翌週に残っていることもしばしばだったと聞きます。腐葉土はこのことでしばしばぼやいていましたが、美味くないものを用意されたおとんもぼやきたかったに違いありません。
実は、自炊等をテーマにするmastodon.kitchenは、腐葉土のこのような境遇の中で誕生しているのですがそれはまた別のおはなし。
このような通い妻生活の中で、ただおとんのメシを作るだけではつまらないと考えた兄が、庭の一角を畑にして野菜を栽培し始めたのもこの頃です。兄が「腐葉土を自作する動画を見つけたんだよ!腐葉土ってすげえ!!土がフカフカになるんだぜ」などと興奮気味に話すようになったのはこの頃です。そして、あろうことか兄はみずから腐葉土になってしまいました。

2021年10月

通い妻生活には移動だけで時間もお金もかかります。また、実家の築年数は50年を超えようとしており、様々なところにボロがでていました。そんなボロ家をリフォームするくらいならいっそ建て直そう、建て直した家でおとんの介護をしよう、そんな流れがいつしか生まれていました。その方向に向かって具体的に動き出したのが2021年10月頃です。
新築する家についての打合せ、実家の解体業者の選定のほか、おとんが受けていた介護サービスについてケアマネージャーとの調整などを進めていきました。
実はおとん、数年前に実家で独りの時に倒れ何度かの入院・リハビリの後に介護サービスを受けていました。デイサービスにショートステイ、介護用ベッドのレンタル、介護ヘルパーの利用です。当初は要介護度5という最も重い認定を受け、その後は要介護度2に変更となりましたが、かかわってくださった介護のみなさまには本当に感謝です。そのサポートがなければ到底おとんを支えることはできなかったと今でも思います。ときどき「年寄りばかりに金を使うな」という意見を目にしますが、介護サービスはそれを支える家族の負担を減らすという効果があることは忘れないで欲しいです。そして、高齢の親御さんを持つ方には是非介護サービスの利用を検討して欲しいと思っています。
わが家の場合に最も大きな問題となったのは、実家を解体した後に新居が完成するまでの間、おとんがどこでどう過ごすかでした。
腐葉土自身は、解体に伴う実家の片付けやおとんの世話のために実家近くに仮住まいのアパートを借りることとしたのですが、手頃な物件がなかなか見つかりません。おとんと同居するに足る間取りとバリアフリーを充たす物件は人気も高く、仮住まいとして数ヶ月しか入居しない者よりも長期入居を予定している者を優先したいという大家さんの意向もずいぶん聞きました。
結局、ようやく見つかった仮住まいに腐葉土は住み、おとんは病院併設の介護老人保健施設で過ごすことになりました。

2022年6月

2022年5月から始まった実家の解体に伴い、仮住まいでの2週間ほどの同居を経て、同年6月から介護老人保健施設でおとんは暮らすこととなりました。それまでお世話になっていた介護ヘルパーさんやデイサービスの人々と顔なじみになり平穏に暮らしていたおとんにとって、宿泊を伴う新しい環境での生活は不安も多かったと思います。
コロナ禍ということもあり、月に2回の通院以外に外出や外泊の許可は下りません。少しでも気晴らしになるように、通院のために外出する際にはおとんが食べたいというものを食べに行ったり、仮住まいで一緒に食事をしたりしました。また、外出のたびに工事中の新居の様子を一緒に見に行き、おとんとともに暮らせる日をともに楽しみに話し合っていました。
最初の3か月ほどは気丈に明るく振る舞っていたおとんでしたが、10月頃にはしきりに施設に戻りたくないというようになりました。施設での暮らしで何か問題があったとは聞いていません。腐葉土との暮らしを待つことに疲れたのでしょうか。腐葉土としては、段差も多く空調なども万全とは言えない仮住まいで生活するよりも、病院も併設され多くの目が行き届く施設にいたほうが安全だと考え、おとんを元気づけながら新居の完成を待つ日々が続きました。

2022年11月某日

新居の引き渡しが11月某日に決まり、おとんを施設から引き取る日をその翌日に決めました。とにかく1日でも早くおとんとの生活を始めるために、引き渡し当日を引っ越しの日とするとともにその日の深夜までかけてすべての梱包を解きました。
その翌日、施設におとんを迎えに行き、当日の午後には新生活後にお世話になる介護サービスの皆さんとの担当者会議(介護サービス開始に係る契約締結の手続や責任者の顔合わせの会議を行うこととなっています)を設定しました。今にして思えば、せっかく施設を出られたおとんには、しばらく自宅でゆっくりと過ごしてもらえば良かったかもしれません。この頃のことを思い返しては「こうしておけば」「ああしておけば」と考えることは今でもあります。
とにかくその日、腐葉土とおとんは酒を飲み、一緒に食事をしてこれからの生活について語り合ったということです。今までの準備や苦労はすべておとんを身近に見ながら過ごすこの生活のためにあったわけです。まずは親戚に挨拶に行こう、好きだったうなぎも蕎麦もいつでも食べにいけるし、新年にはみんなを新居に呼んで盛大に飲み食いしようって、腐葉土は先のことばかり話し、おとんも「そうだな、そうだな」と相づちを打っていました。
一夜明け、おとんはデイサービスに出かけ、腐葉土は仕事に出かけました。腐葉土が仕事から帰ると、おとんは自室のベッドで横になっていました。「食欲がないからごはんはいらない、横になりたい」と言っていたそうです。喉が渇いたらいけないからと水を入れたコップを持っていくと「ありがとう、後で飲むよ」と。腐葉土は「デイサービスで疲れたのかな、今日はゆっくり休んで」と。まさかそんな何気ない会話が、腐葉土とおとんとの最後の会話になるなんて、その時は全く想像していませんでした。

今だから話せること

その日の夜、腐葉土は息をしていないおとんを発見することになりました。心臓マッサージをしながら救急車を待ち、受け入れ先の病院まで救急車に同乗して向い、その病院で死亡が確認されるとまもなく警察が到着。その場で事情を聴取された後に、今度は自宅で現場検証をするとともに、おとんの遺体は検死のために警察に預けられることに。検死結果が出るまでに葬儀業者に連絡をしてその後の手配をすませるなどしているうちに朝になっていました。

mstdn.beer Advent Calendar 2022では5日目を担当していたのですが、そんなことの真っ最中でした。今だから話せるのですが、去年のアドカレ「腐葉土とボクと、ときどきおとん」では、おとんと始める新生活と本格的にやろうと思っていた家庭菜園づくりについて書くつもりだったんです。でもそれはかなわなくなり、またしばらく食事がほとんどできない日が続いていたり、その後の手続に忙殺されたりしたために、やっつけのような記事になってしまったというわけです。

クリスマスを楽しみに待つアドベントカレンダーの記事としてはずいぶん重い話になってしまいましたが、先日一周忌を済ませて自分の中で一区切りつけられたような気がしたこと、また父親のことをどこかで記したいという気持ちになったことからこの場を借りてまとめさせていただきました。

ということで、腐葉土から土となった兄をこれからも宜しくお願いします。


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