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往復五時間の通学を一年間続けた結果、失った物と得た物について

数年前、私は豊橋市にある自宅から瀬戸市にある窯業校(陶芸を学べる職業訓練校)に通うため、往復五時間かけて通学していた。
タイトル通り、今回はその一年間で得た物と失った物について語りたい。
タイパ重視の昨今なので、端的に結論から述べようと思う。

・得た物

  • 筋肉

  • 技術

  • 仲間

・失った物

  • 時間

  • お金

  • 体重

どういうことなのか詳しく見ていく前に、まずは前提についてお話ししたい。
私が通っていたのは2021年頃、つまりコロナ禍まっただ中でかなり特殊な状況だった点に留意して欲しい。

  • ルートについて
    私が住んでいる豊橋から学校のある瀬戸まで行くには様々なルートがあるが、私は下記のルートで通学していた。

自宅→(徒歩で30分)→豊橋駅→(JR東海で30分)→岡崎駅→ (愛知環状鉄道で1時間) →山口駅→(徒歩で30分)→窯業校

山口と言ってもあの山口県とは一切関係なく、おそらく山の入り口という意味での山口という名称だと思われる。
微妙に読み方は違うが、高尾山口のようなものだろう。

以下の項ではさらに詳しくルートについて紹介したい。

  • 豊橋~岡崎
    豊橋駅は東三河の玄関口である。(wiki調べ)
    玄関口を名乗るだけあって、新幹線とJRと名鉄が通っていてどこへ行くにもアクセスはいい。
    乗換駅である岡崎駅は何かと今話題の東岡崎よりだいぶ南側にある。
    分かりやすく喩えるなら横浜と新横浜のようなものだ。
    名前が似ているだけのほぼ別物で、どちらも豊橋駅から行けるが岡崎駅にはJR、東岡崎駅には名鉄で行く必要がある。

  • 岡崎~山口
    愛知環状鉄道といういかにも山手線の亜種っぽく名乗っているが、その実態は全然環状ではない。
    左向きのキャンディステッキを、長久手市めがけて引っかけたような軌道を描いている。
    ただし、乗ってる間の記憶はキャンディステッキみたいにご機嫌じゃない。
    とにかく長くて(長久手だけに)鈍行しかない上に、トヨタの社員と学生で混み合っている。

  • 山口~窯業校
    駅から窯業校までは長い上り坂だ。
    徒歩で30分と書いたが、あくまでそれは私の場合だ。
    私は中~大学生+社会人のころ、横浜に住んでいたときは毎日階段を100段程度上って駅に行く生活を十年ちょっと続けていたので、元々そこそこ脚力がある。
    特殊な訓練を積んでいない人はもしかすると、もう少し時間がかかるかもしれない。

前提条件についてはこれくらいにして、ここからは失った物について具体的に見ていきたい。

  • お金

一般的な通勤定期だと、一ヶ月あたり豊橋~岡崎で17810円、岡崎~山口で29730円、合計で47540円かかる。
だがありがたいことに職業訓練校で発行される証明書を窓口で見せれば、通学定期を買える。
なので実際にかかったのは一ヶ月あたり豊橋~岡崎で8890円、岡崎~山口で18880円、合計で27770円だった。
仮に一ヶ月三万円として単純計算で年間で36万円だが、実際は夏休みなどの長期休みに定期が切れるように上手く調整して買っていたので、実際に私が失った金額は30万程度だった。
とはいえ、無職の人間が一年に30万を払うのはなかなかキツいものがあった。

  • 時間

一日24時間あるうちの5時間を移動に取られるということは、つまり一日の二割は移動に使う計算になる。
だが幸い私が取っていたルートは行きの場合、豊橋も岡崎も始点である。
なので多少混んでいたとしても、待てば必ず座ることが出来る。これはかなりありがたかった。
何故なら入学直後~GW辺りまでは窯業校を往復するのが精一杯で、移動中は眠くて仕方なかったからだ。なんなら授業中も気絶しそうに眠かったくらいだ。
電車内での睡眠時間がなければ、私は座学の講義を一秒も聞くことが出来ず、定期テストで悲惨な点数を叩き出していただろう。
GW以降あたりは体力的に余裕が出てきたので、もっぱら移動時間は本を読んだりしていた。
徒歩の時間も地味にかかるので、その間はイヤホン+ウォークマンで英語の勉強(在職中に通っていた英会話教室(GABA)のポイントが残っていた)をしていた。

  • 体重

具体的な体重の公表は差し控えさせて貰うが、入学から卒業までの間にトータルで7キロほど減った。
身長約155cm程度、特に食事制限はしていない……むしろむやみやたらと腹が減るので食事量はだいぶ増えたことを鑑みれば、かなり大きな減少量だ。
まあ毎日一時間も歩く生活を続けていたら当たり前かもしれないが、通い始めて一カ月もしないうちに足の裏の皮が捲れて何かすごくグロテスクなことになった。
いつも足のどこかしらから血を出していたので、その分も体重が減っていたに違いない。

ここからは満を持して、得られた物について紹介したい。

  • 筋肉

一日二時間の徒歩を一年続ければ、おのずと脚力がつく。
おまけに作陶は体力勝負だ。粘土は重たいし、釉薬は液体なのでやはり重たい。
絵付も意外に体力仕事だ。同じクオリティで同じ絵を描き続けるには、集中力が要る。
筋トレで鍛えられるのとは違う筋肉が鍛えられる感じがした
実際、体脂肪率は入学前と卒業間際でだいたい5%程度の差があった。
卒業後から現在までの短い間で見事にリバウンドしたが、筋力についてはそのままで脂肪だけ着いたような感じがしている。……本当はそう思いたいだけかもしれない。

  • 技術

言うまでもないが、私が通っていた訓練校の正式名称は愛知県立名古屋高等技術専門校窯業校である。
その名に高等技術を冠しているのに、高等技術が身につかなければ嘘だ。
窯業校は一年を通して陶器の作り方をみっちり学ぶ場所である。
座学では縄文土器から現代に至る陶器の歴史、実技では様々な工法を会得することが出来る。
入学前は土の種類すらよく分かっていないド素人だった私は、卒業する頃には一通り最初から最後まで製作できるようになった。
実際の製陶所では行程毎に職人が分業しているので、全ての行程について実体験を以て把握できる機会は貴重だ。
経験という物は金銭とは違い、誰にも盗めないし奪えない。本当によい物を得たと思う。

  • 仲間

職業訓練校に来るのは、殆どの場合社会人経験のある大人だ。
大人になってから同じ目標を持つ仲間を得られる、という経験が出来るのは職業訓練校ぐらいではないだろうか。
少し話はそれるが私は窯業校に入校する数年前、まだ横浜に住んで堅気の社会人をやっていた頃、原宿にあるシナリオセンターに通っていた。
シナリオセンターはシナリオライター、つまり脚本家養成校である。
職業訓練校ではないので、生徒は殆どの場合仕事をしながら通っている。
つまり生活はかかっていないので、生徒たちの熱量にかなり差があった。
その証拠に最初の一ヶ月で生徒の出席率は50%程度になったし、毎回課題を提出していた人は数えるほどしかいなかった。
その数えるほどの人の中でも、何が何でも絶対に脚本家として食っていこうという決意のある人は果たして何人いただろう。
それは私も同じだ。正直なところ、あわよくば脚本家になって一発当てたい、くらいの気持ちで通っていた。
一方で窯業校に限らず、職業訓練校に来る人たちは生活がかかっているので本気だ。
シナリオセンターのような習い事と違って、職業訓練校は職にあぶれた状態(=収入がない状態)でなければ通えない。
出席しなければ給付金をもらえないし、出席率が一定を下回ると卒業できなくなる。
様々な制約がある都合で、必然的に同じくらいの熱意を持った本気(マジ)の人たちが集まってくる。
それに窯業校のカリキュラムはグループを組んで進めていく物も多くあったので、自然と仲が深まりやすい。
同じ目標を持つ年齢も出身も違う人たちと、密度の濃い時間を過ごせるのは職業訓練校ならではだ。
とはいえ私のような協調性ゼロと幼稚園児の頃から連綿と通信簿に書かれ続けた女を仲間として受け入れていただけて、本当にありがたい限りだった。

いかがだっただろうか。
窯業校で得た物と失った物を天秤にかけたとき、私としては得た物の方が多かった。
もしこれを読んでいる人が職業訓練校への入校を考えているのなら、その先に得られる物が多いことを祈っている。

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