見出し画像

田舎古民家に移住し人生再起を図った男「古民家くん」~レスバ編(第18話)~

<概要>
今まで築き上げてきたものを全て捨て去って田舎の古民家に移住し、再起を図る男の物語。待ち受けているのは破滅か何なのか。全20話ぐらいの予定です。

<本編>

『今日はどうして来られなかったんですか?お待ちしてたんですが』

「は?」

何を言ってるか一瞬理解できなかった。

こっちは指示通りの時間に、指示通りの住所に行ったのだ。

文也は漫画喫茶にいた数時間で、西寺の件はもう編集者を装ったイタズラだという結論は出していた。

が、念のため怒りを抑えて冷静に返信した。

『今日の13時、講〇社に行ったら、西寺なんて人はいないと言われましたよ』

すぐに西寺は返信してきた。

『受付の人が勘違いしたんじゃないですか?あの人、入ったばかりですから』

『その後、別の方にも代わってくれて、確かに西寺という人はいないと言ってました』

『いえ、何かの間違いですから、もう一度来てくれませんか?』

『漫画賞にも応募している形跡がないと言ってましたよ』

『それは、奥野さんの作品は内々で進めているから、知らなかったのだと思いますよ』

『ではなんで電話したのに出てくれなかったのですか?13時に会う約束をしてたわけですから、予定は空けてあるわけで、出られたんじゃないですか?』

『ずっとやり取りしてた電話はプライベートの携帯電話だったので、仕事中はロッカーにしまっていました』

それなら当日連絡のつく連絡先を教えておけよ、と思った。

西寺の言うことはどれも怪しいものの、文也には悔しいことに裏取りする手段は無かった。99%イタズラだと思うが、なかなか100%にならない。
文也はまた返信する。

『では今電話を掛けるので、出てください』

『ちょっと今は電話に出られる状態ではないです』

『一体、あなたの目的はなんですか?』

『目的ですか?雑誌掲載の打ち合わせですよ。さっきから何を言っているんですか?』

わけが分からなくなってきた。
どうしてもとどめが刺せない。
しばし考えて、文也はまた返信した。

『分かりました。またそちらの指示する日時で講〇社に行きます。ただ、こちらも1ヶ月を費やし、漫画賞応募もできず、交通費とホテル代という実費被害も出ています。次講〇社に行って会えなかったら、その足で警察に行きます。』

これでもまだ粘るだろうか?西寺からの返信は止まった。

あちらも何か考えているのだろうか。

そろそろ終電も近くなってきたので、結論をはっきりさせて終わらせられるのであれば終わらせたいが、万が一西寺の言うことが真実である可能性も捨てられないでいた。というより、文也は心のどこかでそれを願っていたのかもしれない。

そんなことを考えていると、西寺から返信が来た。

『マジで講〇社まで行ったの草。お前の漫画なんか受賞できるわけないだろばーかwwwww』

文也はその返信を見て、全てを悟りすぐに駅に向かった。
駅に向かう道中でもやり取りした。

『やっぱりそうか。警察に行くから覚悟しておけよ』
『なんの罪だよwwwwww』
『実害出てるから詐欺罪は確定だろうな』

そこから西寺の返信は止まった。

西寺という名前も嘘だろう。
今思えば、会話中に延々入っていたノイズも、ボイスチェンジャーを使っていたせいなのかもしれない。多分相手は男だ。

一体、正体は誰なんだと気になった。

文也が描いていた作品はどれも風刺が強かったり批評的で、大したファンはいないものの、熱烈なアンチは複数いた。その中に、こんな手の込んだことをしてくる人間がいてもおかしくない。

自分の確認不足を呪った。

すぐにでも警察に行きたかったが、終電を逃したくなかった。





新幹線に乗る頃には少し冷静になっていた。

現状をよく分析すると、騙されたとはいえ1ヶ月で50ページの漫画を仕上げたので、それなりに力は付いた。金銭的な被害は、前泊したホテル代と、交通費で3万5千円だ。講〇社で恥をかいたというのもある。

しかし一番心にダメージを負ったのは、頼みの綱の漫画賞が白紙になったことである。

今自分が抱えている負債を一発で打ち消してくれるような望みは散った。

ぼんやりと窓から外を見る。

真っ暗だ。

家に着いたのは深夜1時を過ぎていた。

明かりも無く、雑草が生い茂る古民家は、我が家であっても不気味でしかない。

玄関を開けても、誰もいない。

文也は力なくベッドに潜り込んだ。





ドンドン

すいませーん

という音が遠くから聞こえた気がした。


よく耳を澄ますと、確かに聞こえる。誰か来たようだが、思うように体が動かない。這いずる形でベッドから落ち、ずるずると玄関に向かう。

扉を開けると、そこにいたのは郵便配達員だった。

文也は、郵便配達員を見るのがトラウマになっていた。

普通の郵便であれば勝手にポストに入るわけで、わざわざ玄関を叩くということは、何かしら重い手紙だからだ。

案の定、重い紙切れだった。



しかも、2通。

1通は法律事務所、もう1通は検察からだった。

どちらから開けるか迷ったが、一旦開けずに、それを持って台所に向かった。

テーブルに封筒を置き、お湯を沸かし、コーヒーを淹れる。

コーヒーを持って部屋に戻り、お気に入りの動画をパソコンで見る。

手紙を開ける気にはなれなかった。



続く

投げ銭はこちら。