野分見
梅見、花見、月見に雪見と風流を旨とした平安人の季節の行事は数多いが、これはもはや風流とはいえず、酔狂と呼んで差し支えないと思われるものに、野分見がある。
文字通り野分(台風)を見る宴である。台風の最中、吹きさらしの釣殿で風雨を浴び濡れそぼちながら酒を飲み管弦を奏でる。わざわざ板の間に簀子を敷いて尻が濡れぬようにしたという記述もあるが、それは何かの役に立ったのか甚だ疑問である。
濡れるのが前提である故に、女御、女官も各々髪を結い狩衣に裸足で集まるという趣向があったという一文を読むにつけ、なる程、要するに普段見ることのできない露わな姿で、雨に濡れ大風に吹かれてキャアキャアと姦しい女性たちの様子を愛でるのが本来の目的であったのかと、ハタと気づいた。げに浅ましきは男心、である。
柳沢栄源『古今風流端照伝』(民明書房/1908)←!
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