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風のステラ・人間不在の風雲讃歌

 「風のステラ」はレヴァンテ・マンドリンオーケストラ様より作曲の委嘱をしていただいたのが2019年の9月末、曲の完成が同年12月下旬ということで三ヶ月弱で作曲を行った楽曲です。ただし最初の一ヶ月ほど行っていたのは曲のテーマ決めでした。この記事ではその構想段階のことも含め、作曲の動機・作品テーマについて解説していきます。

テーマは風

 曲のテーマを決める要素は多々あります。その時日常で感じていたこと、前々から考えていたことなど可能性はいくらでもありますが、今回は「レヴァンテ」という季節風の名を冠する団体様からの委嘱だったということが重要な要素となり、風をテーマとする曲を書いてみることにしました。

【レヴァンテ (levante)...スペイン語で、東・地中海西部に吹きつける東風、またはスペイン東部の地中海沿岸地域を指す】

風に対する意識を深める

 私は民俗学に興味があるので、まずは科学・気象学が発達していない古代、人々は風をどう捉えていたのかということから調べ始めました。

 世界各地の伝承・説話に多く見られるのは風を司るものの存在です。風伯・シナツヒコ/シナトベ・ヴァーユ・アイオロス・エアリアルなど、古代人は風を吹かせている何かを信じていました。(他、日本では風は洞窟から生まれ出るものという考え方もありました。)

 それを踏まえて、では気象としての風とはなんなのか?ということを調べることにしました。

とりあえず本を読む

 頭の中で考えてもしょうがないので、私は2冊の本を買いました。

風の博物誌(著=ライアル・ワトソン/訳=木幡和枝)

風はなぜ吹くのか、どこからやってくるのか(著=杉本憲彦)

 毛色の違う2冊ですが、私が読み取った結論としては「風は気象そのものである」ということです。普通に過ごしていて風の存在を感じるのは風に吹かれたときですが、雲の動きであったり、雨が降ったり晴れだったり、私たちを取り巻く気象現象が風無しには起こらない、という認識を強くしました。

曲の方向性を決める

 ここまできて私が気になったのは、風が持つ負の側面です。例えばアフリカからイタリアに吹くシロッコ(scirocco)はサハラ砂漠の砂・高温多湿の空気を運んでくる季節風であり、シロッコが吹くとだるさや頭痛を訴える人がいるほどの悪風です。日本にもやませという、それが長く吹くと農作物の冷害を起こす風があります。

 加えて私たちが住む日本は毎年台風被害を受ける国でもあって、特に作曲した当時の2019年は列島での台風被害が多かった年でした。この風の負の側面を無視してテーマを設定するのはどうも気持ちが乗らない、しかし曲の長さを5〜6分くらいにする予定だったのでシリアスな題材を扱うには時間が短い。それに暗い曲を作りたいとは思っておらず、音楽としてはストレートな明るさを持った曲にしたいという欲もあり、テーマ決めは難航しました。

人間を登場させないという判断

 そこで考えたのは、人間が風について物思うという曲ではなく、風そのものを主人公にするという方法です。

 風には意思がありません。その風を主人公におけば、負の側面に構うことなくストレートに明るい展開の曲を作れるのではないか、と思ったのです。

 はっきり言って気の持ちようというレベルの話で、こうやって頭の中で解釈したところで音楽として生まれる結果に大きな影響は無いのかもしれません。(というより変化したことを観測できない)

 しかし音を書く・サウンドを作るということは、あらかじめ頭の中にその像が無いことにはできないことですから、このようなテーマへの意識がその像に影響を及ぼせば、出来上がる曲にも影響があると思っています。

 結果的に、私の作った曲の中でも特に明るい、希望も感じられるような楽しい曲になったのは、私の中で思い描いた像に翳りが少なかったからだと思います。

終わりに

 委嘱を受けた以上、ご依頼した方にとって満足のいくものを作らなければ、と思いますので、あまり私のエゴで鬱々としたものを作ると良くない、そういった気持ちが準備段階の時点で大いにありました。

 しかし、だからといって作りたくない曲を作ったのでは私に頼んでくださった意味がなくなります。本気で風について調べて、作りたいと心から思うテーマを探すのに一ヶ月かかりましたが、その甲斐あって私自身「風のステラ」を自分の作品として気に入っていますし、そして素晴らしい初演の後、ありがたいことに日本各地で(海外でも!)多くの団体に演奏していただいています。

 コロナの影響により初演が延期になったりしましたが、それを跳ね除けるように、今後も多くの方に愛される曲になれば、と思います。

 改めまして、委嘱をしてくださった「レヴァンテ・マンドリンオーケストラ」の皆様に感謝申し上げます。ありがとうございました。

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