初めての流産、その記録

自分の文章を発信したいと思ったきっかけが、流産です。
私の経験が誰か一人でもお役に立てば幸いです。
長くなってしまってます。

妊娠発覚

きっかけは発熱でした。体調は何も悪く無いのに熱が37.5℃あったので、もしやと思い検査薬を使うと、陽性がわかりました。
ゆる妊活スタートから5カ月の妊娠だったので、夫も私も喜びはしましたが驚きが勝っていました。と同時にこの日の夜から翌日にかけ、出血(茶色のおりもの)がありました。

病院へ(初診)

初めての妊娠だったので緊張しながら行きました。エコーで胎嚢が確認できましたが、心拍はまだ確認できませんでした。早すぎるから2週間空けて来てください、と言われ、初めてもらう見方のわからないエコー写真を手に帰りました。

二回目の診察で心拍確認

ネット検索魔と化した私は二週間の間、あらゆる情報サイトやブログ、書籍を読みあさり、「心拍が確認できるかどうかが第一関門」ということを知ったので、緊張しながら行きました。というのも私は、食欲が旺盛になったもののつわりがほとんど感じられず、赤ちゃんが育っている体感が無かったのです。
「あ、心臓動いてるね」
先生の一言に安堵のあまり、良かったぁ~と声が出ました。現在6週との診断をもらい、母子手帳をもらいに行くよう言われました。
見方が少しわかるようになったエコー写真を手に、晴れやかな気分で帰りました。

心拍確認の次の日(6w1d)

私の会社ではコロナ対策で妊婦は在宅ワークができるようになったので、相変わらず旺盛な食欲を発揮しおやつに冷凍たい焼きなどを食べながら快適に仕事をしていました。
しかし突如、快適などと言っていられなくなりました。
トイレに行って用を足すと、ティッシュに少量の鮮血がついていました。
ショックのあまり速攻で上司に午後休をお願いし、もらっていた薬(子宮収縮抑制剤)を飲んで即座に布団に入りました。
出血、止まってたじゃないか。なんで。なんで。なんで。。。

出血2日目(6w2d)

朝から、止まったような止まっていないような感じで、茶色の出血がちょろ、ちょろと続きました。心配になり病院に電話すると、「見ることはできるけれどとにかくこの時期は安静しかないから、まずは薬を飲んで安静にして、明日の朝来てください」とのこと。不安を抱えながら眠りました。

出血3日目(6w3d)

朝、トイレに行ったときに茶色がつかなかったので、もしや止まった?と一縷の期待を抱き病院に行きました。待っている間にヌルっとした感触を覚え、内診台にあがるときに下着を脱ぐとやはり前日より多めの茶色の出血がついていました。あぁ、、終わった、、と絶望感を抱きエコー画面を見ていると意外にも
「心臓動いてるよ」
と先生。あぁ、まだ生きてた、、、良かったぁ~と、お腹の底から声が出ました。安心して少し泣きました。

ただ、心なしか6週にもらった写真よりも胎嚢の輪郭が汚くなっていました。先生も出血のことにはあまり触れず、とにかく薬を飲んで安静に、と言われ帰宅しました。

出血は茶色いものの、だんだん量が多くなってきました。
茶色の出血は大丈夫とのネット情報を見ては、自分を安心させました。

出血4日目(6w4d)

毎朝基礎体温を測っており、妊娠確定してから36.8℃を切ったことが無かったのですが、この日初めて36.6℃に下がりました。
と同時に布団から出た瞬間、膣から水っぽいものが出た感覚がありました。おりものよりずっと水っぽいものです。もしかして破水か?と思いましたが検索してもよくわからず。体温のこともあり不安は最高潮でしたが、昨日は生きていたじゃないか、我が子の生命力を信じよう、と、もうそういう不安材料のことは考えないようにしました。
出血は続き、だんだん血の色が黒くなってきました。

出血5日目(6w5d)、ついに流産

朝から生理痛のような痛みが続きました。前日から、朝、昼、晩と子宮収縮抑制剤を飲んでおり、(そのためかはわかりませんが)、昼前には一度痛みが治まりました。
しかし昼食を食べた後再び痛みはじめ、生理2日目の痛さになりました。
午後3時ごろついにドロッとした塊が通過する感触があり、絶望感の中すがる思いで病院に電話しました。「5時間空けたら薬飲んでいいから、晩と夜中にも飲んで、もしもっと悪化したら電話して」と言われました。8割がた流産じゃないかと思いましたが、流産情報を収集するのは赤ちゃんに申し訳ない気がして、やめました。
まだ、頑張ろう。だって、2日前は生きてたじゃないか。

午後7時、夫が夕食を作ってくれましたが、痛さのあまり食べられませんでした。それでも何も食べないのはダメだから、と、おにぎりを作ってくれました。おにぎり経験の浅い夫は巨大おにぎりを作ってくれました。大きいね、でも美味しいよ。でも、大きいね。と言いながら食べました。

午後8時半ごろ、ついに痛みが我慢できなくなり、ドロドロ出血も止まらないので病院に電話しました。すぐ来てくださいと言われました。この時にはしゃべるのもままならないくらい痛く、過呼吸で手足がしびれました。痛みで人が死ぬことは無いと思っていましたが、この時ばかりは「痛死に」するかと思いました。

病院に着くとすぐに先生がエコーで診てくれました。

「もう、居なくなってるね、、、。進行流産です」

ああ、やっぱり、と思うと同時に、悲しさよりも先に私は「痛み止め、、、飲んでいいですか、、、」と訴えました。自分がひどい人間のような気がしましたが、悲しみを感じる余裕もないくらい痛くて、つらかった。

痛み止めを飲むと、病院で診てもらった安心感も相まって、急に痛みが引いていきました。すると同時に悲しみが、じんわりと、ひろがりました。夫と二人、残された病室で、しくしくと泣きました。

赤ちゃんよ、ごめん

全妊娠の20%程度は流産する、と言われているくらいですので、私の生来の考えと相まって、流産は仕方が無いことと割り切っています。誰も悪くありません。私の体が悪かったとも思っていません。
ただ、それでも赤ちゃんに、ごめん、と言いたいことが一つあります。

トイレに流してしまったことです。

流産の可能性を感じながらもそっちの情報を遮断していた私は、進行流産の方がどのような措置をとって流産に臨んでいるか全く知りませんでした。ブログなどを見ると、「出てきた子宮内容物をジップロックやラップにくるんで病院に持っていく」などの記述が多くみられました。
知らなかった私は、内容物をじゃんじゃんトイレに排出し、病院で診てもらったときには赤ちゃんはもういなくなっていたのです。
病理検査してもらいたかった、などそういう想いは特に無かったのですが、一目も会えずに冷たく暗いトイレの中に流れて行ってしまったことが、今となっては本当に、

ごめん、赤ちゃん。

この一言です。
私に現実を受け入れながら情報収集する冷静さがあれば。

最後に

流産は、痛くて、つらくて、悲しい体験でしたが、妊娠したことを後悔したことはありませんし、新しい経験がたくさんできたので、赤ちゃんが一瞬でも私のお腹にいてくれたことに感謝しています。

君のことは忘れない。









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