小豆島旅行記2【嵐の前のゲリラ上陸編】②いま あいにいきます
1.ちょっと変わったお客様 (フェリーの売店スタッフさん視点)
台風が接近してきているらしい。
とはいえ、海に影響があるのはもう少し先だろう。
いつものように、出勤して持ち場についた私は簡易のキッチンで準備をしながら、窓の外に目をやる。
窓から見える空は雲多めとはいえ、太陽も出ていていい天気だった。海もまだ穏やかに見えた。
やがて、乗船がはじまったらしい。お客様がフロアに上がってきて席に座り始めるのを尻目に、私は商品の前陳や補充をはじめる。
明日からの連休中に台風が最接近するとあって、今日はいつもの休前日に比べるとお客様の数は少ないらしく、フロアを歩く足音がいつもよりも少なく感じる。
「もうほーんと、勘弁してぇーwww」
遠くからよく通る声と、笑い声が聞こえてきてふと視線をそちらへ向ける。
パチンパチンと手を打つ音と笑い声に混じって会話をする声が少しずつ大きくなってくる。
「なんで、GOTOのGoogleだけあんな道を案内するんよーwww」
「怖いわーwww僕らのGoogleマップとは明らかに違う道やったんやけどー?」
「やけん、知ぃーらぁんてーwww
みんなのGoogle先生がおかしいんじゃないーん?」
口々に言い合いながら楽しそうに歩くグループが姿を現す。
フェリーの港に入る道は初めての人には少し分かりにくいから、迷ったんだろうな。
そう思いながらカウンターの中に戻り、今日のエンジェルロードの潮汐情報や天気をチェックする。
船内売店のスタッフといえ、観光で島に行くお客様に聞かれることも結構ある。
お客様が売店に居ない暇な時間は人間観察をしたりすることもあるが、もし聞かれた時に答えれるようにこうしていつも備えているのだ。
確認を済ませると、いつお客様が来てもいいようにフロアに目を向けて待機の姿勢をとった。
視界の端に一際楽しそうなテーブル席を捉える。さっきのグループのお客様だ。
フロアに姿を現わした時と変わらぬ様子で楽しそうに話している。よく通る声なのでこちらまで話が聞こえてくる。
「GOTOさんが助手席に座った時から嫌な予感しとったんよー」
「全然通ったことない道案内し始めた途端に、ユウトなんか黙ーってカメラ構えたもん」
「ユウさんも、 撮れ高やで って目で僕の方見たやんwww」
「ほんと、まだ小豆島にも着いてないんやけん、ヤマ作らんといてーwww」
話している内容がちょっと普通の観光の人ではないような…。
多少の違和感を感じていた時、館内放送で出航の音楽が流れ始めると、船がゆっくりと動き始めた。
出港だ。
2.作戦会議(宮崎ユウ視点)
外の景色がゆっくりと動き始める。
船はいい。一気に旅に出たという気持ちを高めてくれる。
隣に座ったはずのGOTOがソワソワと席を立った。冬眠明けの熊のような顔で船内を練り歩いては船内の壁に書かれたしまちゃんの絵をバックに自撮りをしたり、外の写真を撮ったりしている。
向かいの席ではパソコンを開いているユウトの姿がある。小豆島土庄港に船が着くまで約1時間。周りを見ると売店を覗いている人や、外の景色を眺めている人、着くまでの間お喋りを楽しんでいる人達などみんな思い思いに過ごしている。
「小豆島の面々はみんな、どっかに外出してる感じはなさそうですけどねぇ~」
パソコンの画面を見ながらユウトが言う。
どうやら、Twitterで小豆島勢の動向を探っていたらしい。
小豆島勢がこちらの動きに気づかないように数日前からTwitterでの発信に細心の注意を払っているものの、肝心のドッキリを仕掛ける側が居ないのではこちらの楽しみも減るというもの。
ユウトの報告に頷きながら、上陸後の動きについて策を練ることにする。
ちょうど席に戻って来たGOTOに向けて話しかける。
「まずは闇メンからやね…」
そう、今回平日組の私たちのみで小豆島へ向かうことをまだ知らないは小豆島にいるターゲット達だけではないのだ。
「じゃあ、撮ってきた写真送ろーっと」
とGOTOが指を動かす。
私のスマホにもグループLINEの通知が流れた。
という言葉と共にさっき撮影していたGOTOの自撮り画像が添えられている。
瞬時に既読が3件つく。
休日組から返信が上がり始める。
写真を見てすぐにこれが小豆島行きのフェリーだと分かったようだ。それを確認して、私もメッセージを打ち始めた。
操作している間にも画面がぴょこぴょこと動き始める。
「ビックリしとるねwww」
楽しそうに画面を見ているGOTOは、船内で撮った写真を次々に送っている。
小豆島勢に何も伝えていないということを送った直後、グループLINEの通知は鳴り止まなくなった。
「宿舎さんは?泊まらんの?」
「ラジオはどうするの?」
「てか、台風くるよ?」
休日組から矢継ぎ早に質問が飛ぶ。
私が送ったこのLINEにより、休日組も愛媛にいながらにしてTwitterで小豆島勢の動きを探ったり情報を錯綜させるなどして今回のゲリラ戦に参戦出来ると伝わったようだ。画面の向こう、休日組もニヤリと笑っているのが手に取るように伝わってくる。
まだ船は出港したばかり、時間はある。
「私らも小豆島に着いてからの動きを考えようや」
3人に向けてこう言うと、作戦会議が始まった。
3.不思議な旅行(「メイギのヒト」視点)
ひと言で言うなら、こんな旅行は初めてだ。
ひょんなことから友人のユウちゃんに旅行に誘われた私は、今、作戦会議の場に同席している。
「宿舎さん対策はもうバッチリやん?」
ユウちゃんの声に皆が頷く。
宿舎さんって国民宿舎小豆島だよね?
お!それなら、私が予約したぞ!私も皆に合わせてコクコクと首を縦に振って、バッチリ予約が出来ていることをアピールする。
それを見たユウちゃんも満足そうに頷いて続ける。
「宿舎さんは、この人の存在を知らないから予約の名前から私らが来るとは思ってない。」
そう私は予約の名義担当。昨日、ちゃんと予約ができているか電話で確認した時も別に普通だったもんね。私はやはりコクコクと首を縦に振る。
「宿舎さんでチェックインの手続きする時、よろしくね☆」
ユウちゃんの言葉に頷く。なんだかいたずら仲間になってる感じがして楽しくなってきた。
「で、小豆島に着いたらまずは西光寺に行って写真撮っとかんとね。」
そう言いながらユウちゃんが皆に見せたスマホの画面を覗く。
そこには細い路地が写っていた。路地の奥には赤いお寺のような建物がある。
これが西光寺か。
なるほどと頷く。
写真にはその建物の方を手で指して麦わら帽子を被った人が写っていた。
「で、西光寺に着いたらすぐこの画角を探して、ドンピシャこの場所で同じポーズでツナギ着たユウトを撮ると。」
そう言うとユウちゃんは、次の写真を皆に見せる
「ここでの写真は…どうしよう?順番的に先にした方がええんかなぁ?」
覗き込んだ写真には、青いツナギを着た人が羽の前でポーズを撮っている。背後には海が写っていた。
「宿舎さんよねぇ、撮りよったら絶対にバレるよねー?」
GOTOさんが話した内容で、ここが国民宿舎小豆島であることを私は知った。
島に来てる事がバレるわけにはいかんみたいやから…早いうちに行くのは危ないなぁー。
そう思っていると、
「まずは宿舎さんをこっち側につけて、妖怪さんに黙っとってもらわないかんねぇ。やけんチェックインしてから撮ったんでええんじゃない?」
とGOTOさんが続ける。
「そうやね。
まず先に江洞窟行ってパワーもらうやろぉ、次に奥の院行って崖よじ登るやろぉ、で、寒霞渓に行ってロープウェイ乗ってお昼食べてから、ユウトをツナギに着替えさせて西光寺で写真撮って、宿舎さん襲撃してチェックイン。その後天使の羽で写真を撮って、妖怪美術館に行く。で、ごはんを宿舎さんで食べてから妖怪BARに行く…と。」
「チェックインしてから匂わせツイートを投稿したでいいんですね?」
「そうやね。それから、ユウト!Twitterチェックして近くに小豆島勢がおらんか見よってよ!」
「わっかりましたー☆」
「あ、ユウさん、島のローカルトラベルガイドも忘れんように貰っとかないかん!」
「おけ!」
こうして今日の行程が決まった。
ここまでして驚かせたいって島の人と仲がいいんやなぁ…。
不思議な旅行やけど、なんか楽しそうやからええか。
そう考えていた時のこと、ふと後ろからの視線を感じて私は振り返った。
後ろには売店があるだけだった。気のせいだと思い直して、私は再び作戦会議に耳を傾けはじめた。
またGOTOさんに変な道を案内されないように、あとで行くとこのルートを確認しておこう。
4.続・少し変わったお客様 (フェリーの売店スタッフさん視点)
あっ!
こっち向いた!
グループのひとりが振り返ったので、私は慌てて目を逸らした。
島が近くなってきたからか、売店に足を運ぶお客さんが少なくなってきて、暇になったこともあり、さきほどからずっと気になる少し変わったお客様のグループを観察していたのだ。
フロアを見るふりをして、グループの方を見ると振り返っている人ももう元の姿勢に戻って話を聞いているようだ。
私はそれを確認するとまた、あの4人組のお客様の観察を続ける。
4人で楽しそうに話しているように見えるけど、時折ワルい顔をして笑いあってるんだよねー。
あの4人からは明らかに他のお客様とは違う雰囲気がする。
色々気になりすぎてお耳もすっかりダンボだ。
時々漏れ聞こえてくる「闇」って何のことなん?
すっごい気になる…。
悪い人たちではなさそうやけどなぁ…。
この仕事を始めて長いけど、ここまでずっと1組を観察するのは初めてのことだった。
ふと進行方向の窓を見ると、島の港に沿って建つ建物が大きく見えている。
もうすぐ下船だ。
それを察した乗り慣れているお客様がパラパラとフロアを離れて駐車スペースに向かって降りて行き始めている。
「あ、もう着く?」
「小豆島ぁー!久しぶりぃー!」
「じゃあ、車に降りますか?」
どうやらあのお客様たちも下に降りるようだ。てか、この船に乗るの初めてではなかったんか。
あの人たち、ホントに何やったんやろう?
気になりつつも、私も次の乗務に向けて準備を始めた。
「GOTOさん、もう変なとこ案内せんといてよー?www」
「あれは、私のせいじゃありませーんwww」
あのグループの話す声が少しずつ遠くなっていく。
やがて、土庄港への到着をアナウンスする館内方法が流れ始め、着岸作業に備えて乗務員たちの動きも慌ただしくなっていく。
あの4人組のお客様は、小豆島でなにをするんだろう。
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