【愛しい相手がいる人に】Vaundy『しわあわせ』鑑賞

 Vaundyさんの楽曲「しわあわせ」についてです。よかったら聴いて、ついでに読んでいってください。

「僕」が「君」に「僕達の未来」について安心させるように語りかける形で歌われている。しかし実は「僕」が「僕」自身に言い聞かせている言葉なのだとも思う。

僕の時価総額400円の心臓と
絵に描いたような君の綺麗な心臓を

自分の価値を他人の基準で計りしかも低く見積もる主体の自尊心の低さ。それに対して「絵に描いたような」という投げやりな修辞を許すほど、主体にとって無基準に綺麗な君。君は絶対的に綺麗だと深く感じているからこそ自分が相対的に無価値に思えるのかもしれない。

合わせてできたしわの数が
僕達の未来の価値だ

君の心臓は僕の心臓とは違っていて、だから「しわ」が生まれる。そのしわを合わせていこう、といったところか。わざわざ指標を持ち出して「僕達の未来の価値」を評価すること自体がナンセンスだと感じる。しかし、そうせずにはいられないのだろう。主観的な価値判断だけでは安心できず、客観的に計れる「しわの数」によって価値を確かめずにはいられない。主体がそれほどの不安を抱くのは君と僕の価値の落差のせいか。

残された時間が少ないのなら
崩れてく時間が増えてくのなら
零さないようにあわせて

二人の時間に限りがあることは前提らしい。それを否定するほどの体力は残っていないのか、それともそれすら既に受け入れたのか。主体の切迫感も頼もしさも感じる。

変わらない
変われないよ 僕ら
今もしっかり握っている

「僕達の未来」を信じたい一心でか「変わらない」という普遍性だけでは飽き足らず「変われない」という運命性にまで手を伸ばしている。壮大なサウンドで力強い主張のように響くが、「変われ"な"いよ」の半音(コード進行での「Ⅰ-Ⅳ-Ⅴ-"Ⅲ"-Ⅵm」)のせいか、泣き叫ぶように願いを繰り返しているようにも聞こえる。

ちぎれない
ちぎらないよ 僕ら
今もしっかり繋いでる手

今度は「ちぎらない」という主体の強い意志にまで言及している。「僕達の未来」という今つかみようのないものへの安心感を得たいがために主体がすがったものが、今君の手を握っているという実感だった、というのも面白い。未来を信じたいのに、結局現在への安心感を強めることしかできていないじゃないか。

僕の一生分なり続けている心拍と
透き通るような君の綺麗な一拍を
合わせてできた波の数だけ

僕達は揺らめきあってた

抽象的な表現でここまで二人の空気感を表せるのは彼の歌詞の魅力の一つだろう。サビであんなに叫んでいたのに、穏やかな時間、幸福感だったと振り返るのは、美化ではなく未来への不安に気づいていなかった時点を回想しているからか。波動が減衰していくことに気づくのは波が立ったしばらくあとである。

過ぎていく時が早すぎるのなら
有り余る隙間が悲しいのなら
零さないようにあわせて

時間は絶え間なく消費されていき、どうしわをあわせても隙間はできてしまう。しかしそれが特別な現象というわけではないのだろう。君とだから殊更にそう感じる。

変わらない
変われないよ 僕ら
今もしっかり握っている
ちぎれない
ちぎらないよ 僕ら
今もしっかり繋いでる

聞くほどに悲痛な叫びに思える。実は主体は、いつかは変わってしまうことも、ちぎれてしまうことも、確信しているのではないだろうか。

重なるひびを僕達は
流るるひびも僕達は
思い出すこともなくなって
しまうんだろう
しまうんだろうって

「ひび」はヒビ(割れ目)と日々のことか。詩としては特別魅力があるわけではないが、一番二番でここまで文脈を作り上げられてしまうと、この率直さがかえって一番切実に響く。ここを口ずさむと未来の前では無力であることをただ実感させられる。思い出せなくなってしまうけど、どうすることもできないんだよな。

重なるひびを僕達は
流るるひびも僕達は
思い出すこともなくなって
そんな
しわあわせで

「そんな」とはどんなだろう。多分「僕達」の間でのみ通じる「そんな」なのだろう。

変わらない
変われないよ 僕ら
今もしっかり握っている
ちぎれない
ちぎらないよ 僕ら
今もしっかり繋いでる手

溢れ出す願い込めて僕らは
今から君の見てる方へと
やるせない夢が覚めた頃に
また、しわをあわせて

このあとCメロが繰り返されるが、これは大サビ前のCメロとは違い、インストの厚みがあるからか前向きに聞こえる。結局何も解決はしないのだろうが、向き合い続けることが主体の答えだと言っているようだ。その後、彼の曲としては珍しくフェードアウトしていき、最後風の音のような残響が聞こえ終わる。フェードアウトしていくときも同じ繰り返しではなく、リズムの取り方が八分になったり、スネアの連打が入ったりなど変化があり、消え入ってく音にその後の二人の時間、「僕達の未来」を想像させられ、そこに永遠性さえ見出したくなる。

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