web版 1/fって何すか。2020.5.22
〈#76 高倉健 ビール カツ丼 醤油ラーメン〉「幸福の黄色いハンカチ」(昭和52年 山田洋次)という映画をご覧になったことがあるでしょうか。高倉健扮する勇作が網走刑務所で6年の刑期を終え出所し、別れた妻の元へ帰るまで、偶然出会った若者と旅をするヒューマンドラマの傑作であります。
この映画の中で最も有名なシーンといえば、やはり「高倉健、ビール、カツ丼、醤油ラーメン」です。出所したばかりの高倉健が、古い食堂に入り、ビールと醤油ラーメンとカツ丼を注文し、6年ぶりにビールを飲むシーンがカッコ良すぎるのです。
実際、健さんはこのシーンを撮影するために数日間食事を抜いて、空腹の状態で臨んだそうです。
まず、グラスに注がれたビールを両手で握りしめ、じっと眺めます。
そして口を近ずけ、ゆっくりと両手でグラスを持ち上げると、一気に飲み干すのです。
更に、この映画、数年後にドラマ化され、その際は勇作役をあの菅原文太が演じるわけですが、もちろん同じシーンがあります。
こちらもとんでもなくカッコいいです。
違いは、文太さんは自分でグラスにビールを手酌する点と、それを震える右手一本で握りしめる点です。
あと、醤油ラーメンとカツ丼を注文した時に、店員が見せる“そんなに食えるのかよ“という驚きと怪しみを含んだ表情が足されています。
そして、わたしは今まで長年思ってきました。
「このシーンを、わたしも一度、やってみたい。 」
しかし、やはり刑務所から6年ぶりに外に出て初めて飲むビールですから、そんな簡単にあの飲みっぷりを再現することはできません。もちろん、刑務所の設定は外しておきたい。
幸か不幸か、わたしには手を震わせながらグラスを握りしめた経験が一度もありませんでした。
しかし、今、時は訪れました。
6年間とまではいきませんが、この自粛期間の数ヶ月間、一切の外食や飲み会を絶たされてきた今なら、少なからずあの何とも言えない渋い表情で、一気にビールを胃に流しこめるのではなかろうか。
まだ、外でビールを飲む日がいつになるかは分かりませんが、その時のわたしにはきっと天国の健さんと文太さんが憑依するに違いない。
まずは、都内で醤油ラーメンとカツ丼の両方がメニューにあり、ビールはSAPPORO白ラベルの瓶が置いてある、カウンターと3つくらいのテーブル席しかない、古くて狭い食堂を探すところから始めなくてはいけない。
まだまだ道は長いが、そこには「再開」と「再会」を祝す、幸福の黄色いハンカチが、いや幸福の真っ白なおしぼりが、わたしを出迎えてくれるだろう。
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