1/fって何すか。2014.08月号

<#7 かつてポンコツ研修医だった時の話-ICUでの出来事->

 地方の総合病院。集中治療室、通称ICU。とある一人の女性患者。病状は深刻で死期が迫っていた。患者に身寄りはなく、ただベッドの上で孤独な時間だけが過ぎていった。

カンファレンスでICUのドクターは「彼女がしたいことを全部させてあげよう。」と言った。ドクターは自分の財布も開いた。彼女が「アイスクリームが食べたい」と言えば先生は売店に行きそれを買ってきた。「特別扱いしてはいけない」なんて意見もでたが、先生は構わなかった。

 そんな風景をみて、僕はこう思いました。

 彼女はこの町に旅行に来たものの、間も無く帰郷の時間が迫っていて、そのベッドは帰りの飛行機の出発を待つ空港のロビーのようだと。
空港のロビーには「きっとまた来れるだろう」と本を読んで出発時刻を待つ人もいれば、「もうここには来れない、これがきっと最後」だと、お土産店をギリギリまで回る人もいます。一人ぼっちの人もいれば、たくさんの見送りに囲まれている人もいます。泣いてる人もいれば、笑っている人もいます。

 『僕らが何処から来て、何処へ向かっているのか、何処へ帰らなければいけないのか』、そのことはまだ分かりません。分からない方がいいのかもしれません。分かっていることはただ一つ。全ての人に出発の時間が訪れること。

 先生は彼女の代わりにギリギリまでお土産店を回ろうとしたのでしょう。アイスクリームもきっとそうだったのです。『あっちの世界』に持っていく思い出を。思い出はたくさんあったに越した事はありません。思い出す度にもう一度その場所に戻れた気持ちになることだってあります。思い出はいつだって澄んだ空気を吸わせてくれます。

ベンチレーター繋がれているのを誰かのせいにしたって、眠ったふりしているのに僕はずっと気づいているんだ。あっちの世界に何を持っていく?手ブラじゃどうもつまらないし、どうやらまだ出発まで時間がありそうだ。その手はまだ動くでしょ、その目はまだ開くでしょ、その足でもう少し先まで行ってみないか。どうせならお前が一番好きなあの景色を瞼の裏に残して目を閉じたっていいんだ。
(Somedayより)

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