1/fって何すか。2015.08月号

<#18 小学生の頃の話2 -安藤くん今何してる->

 私の通っていた小学校では三年生になると、家庭科実習の授業参観と題し、母親を招いて親子で「冷汁」をつくった。「冷汁」とは宮崎の郷土料理で、ざっくり言うと。いりこや魚のすり身の入った冷たい味汁。なのだが、具には豆腐の他にきゅうりと胡麻とシソが入っていて、ご飯にかけて混ぜて食べるのだ。春からクラスで育てたきゅうりを使って大量の冷汁をつくるのが伝統だった。

 私の班には安藤くんがいた。安藤くんの家は小さな小料理屋を営んでいた。その店が特別に、しているようには見えなかったが、彼のお母さんは来ていなかった。
安藤くんは体が大きいのに、いつもサイズの合わない汚れたTシャツを着ていた。いつも他の子にちょっかいを出して、周囲から距離を置かれていた。先生はよく彼を叱っていたし、それに同情するクラスメイトもいなかった。そんな安藤くんと私は同じ班になってしまった。

 授業が始まった。私たちは育てたきゅうりを摘み、実習室へ運んだ。摘みたてのきゅうりを包丁で輪切りにする役割は、どの班も女子が担っていた。8歳の女子力をアピールする絶好のチャンスだ。しかし、そんなチャンスに構いもせず、私のグループでは安藤くんが手をあげた。誰もが嫌な予感がしたし、包丁を握りしめる安藤くんからさっと距離をとった。

 しかしその予感は見事に外れた。安藤くんは左手をグーにしてきゅうりをおさえ、器用な手つきで、トントンと軽快に音をたてながら均等な厚さに切り分けたのだった。それは、まるで職人技だった。そして周囲が唖然とするなか、最初に話しかけたのは何故か私の母だった。
「安藤くんは料理が上手ね、いつもお母さんの手伝いをしているからかしら、偉いわね。」

 安藤くんが人に褒められてるのを見たのは初めてだったし、彼自身も人に褒められることなんて滅多になかったのだろう。安藤くんは歓喜し、他の班にきゅうりを切りに周り始めた。

 そして、それから20年経った今も彼は包丁を握り続けている。ぴったりと体に合った大きな板前白衣に袖を通して。残念ながら彼の家の小料理屋はつぶれてしまったけど、またいつかあの場所からまな板を叩く音を響かせるのだろう。トントンと軽快に。

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