1/fって何すか。2015.07月号

<#17 感じの悪い小学生の話>

 公立の小学校の授業は退屈だった。テストを早く解き終わると、先生は私に他の生徒の採点と指導をさせた。そんなんで、よくいじめられなかったな・・と今になって思う。翌日までに課された宿題は、休み時間に済ませた為、教材は引き出しに入れたまま、空のランドセルで毎日家に帰っていた。あるいは給食で出されたコッペパンが嫌いだったので食べたふりをしては引き出しに隠し、それをランドセルにいれて持ち帰った。授業参観で、母が私の机に座ると、引き出しからカチカチになったパンが顔を出し、すぐにバレた。とにかく小学校は平凡で退屈だった。

 それもあって私は進学塾に入ることになった。6つ上の兄が塾でどうやら最近賢くなったのを見て真似をしたのだ。末っ子あるあるだ。すぐにカルチャーショックをうけた。解けない問題があること、それを簡単に解きこなす他校の同級生。私はすぐにのめりこんだ。どうやら隣の県に有名な私立中があることを知り、そこを目指し小学3年生にして受験生になった。全国テストの成績や順位は張り出され、夏休みには泊まり込みの勉強合宿があった。そして、夏休みが明け、小学校に戻ると私はクラスの女子たちにこう呼ばれるようになった。

『ガリ勉』

私は小学校でのリア充とそれまでの私に決別をした。ガリ勉として残りの小学校ライフを生きることを選んだ。…はずだった。

 それは小学4年生の一学期。初恋をした。その子では隣町の小学校からの転入生で、私の隣の机に座った。漫画かよ。私たちは教科書を一緒に読んだ。好きなドラマの話をして、放課後も遊んだ。私はその時、落語にハマっていたが、『寿限無」の話も聞いてくれた。席替えをすると私はすごく寂しくなって、私は「好きだ」と言ってしまった。すると彼女はこう返した。「でも学くんは勉強が一番好きだから、勉強頑張って!」と。

 私はまた、それまでの私に決別をした。完全なる「勉強大好き人間」になった。昼休み皆がグラウンドでドッチボールをしている間、教室で日本の歴史を遡り、電流の抵抗値を計算した。そして、ひとつの恋も成就せず、私は小学校を卒業し、県外の有名私立中学に入学した。

 ただ、そこにはドッチボールを経験しなかったせいで戦闘能力がまるでゼロだった私にとってはあまりに過酷な6年間の寮生活が待っていた。(それについてはまた次回に。)

 そして、それから数年後、ミュージシャンになるための三度目の決別をすることなんてもちろんその時は未だ知る由もなかった。

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