1/fって何すか。2020.02月号

 <#71  矛盾の中で生きるということ>

 “昔、中国に矛(剣)と盾を売り歩く商人がいて、矛を売る時は「この矛はとても鋭いのでどんな固い盾も貫きます」と言い、盾を売る時は「この盾はとても固いのでどんな鋭い矛でも防ぎます」と言っていました。ある客は「それでは、この矛でこの盾を突いたらどうなるんですか?」と聞き、聞かれた商人は返答に困ってしまいました。”
 これが「矛盾」の由来です。もしあなたがこの商人だったら、どう答えますか?じっと黙ったままでは矛も盾も売れず、悪評が出回ります。
 

 世の中にはたくさんの矛盾があります。絶対なんて絶対に無いんだよ…とか、彼は最も有名な作家の一人です…とか、これは稀によくある話だ…とか、人は殺してはいけないが死刑には賛成です…とか、これは平和を保つための戦争だ…とか。矛盾を矛盾たらしめる定義には、それについて他者と議論を交わしたときになかなか両者が納得する結論に達しえない点にあるかと思います。そのことを分かっているからできるだけ考えたくないことばかりです。普段から死刑制度や世界の戦争や内戦について考えている日本人はほとんどいないでしょう。
 

 矛と盾の話に戻ります。客に対し「よくお気づきになりました。つまり、この矛と盾どちらも持っている者が最強ということです。」と返せば、矛と盾の両方が売れるかもしれません。しかし客はさらに尋ねます。「もしこの矛と盾を両方持っている人が二人いて、両者が戦ったらどうなりますか?」すると、商人はこう答えます。「それはあなたの腕次第です。剣術に長けている方が勝つでしょう」と。客は鼓舞され両方を買うかもしれないし、怪しんでその場を去るかもしれません。“この矛でこの盾を突くと、矛は折れ、盾は真っ二つに割れてしまいます。この矛でこの盾を突いてはいけません”なんて注釈を添えれば、流行りのコンプライアンス的な問題は回避できるかもしれません。

いずれにせよ、嘘が嘘を上塗りするように、矛盾は矛盾を重ねます。(一つの嘘を肯定するためには40の嘘をつかなければいけないそうですから、矛盾なら尚更。)そして、この矛や盾に当たるものは、現実にこの世界の中で溢れています。もしかしたら意地の悪い商人が売り歩いているのかもしれませんね。
 

 落語家の立川談志さんは生前にこんなことをおっしゃっていました。「矛盾に向き合うことを修行という」と。絡み合った糸の毛玉はほどいていくと一本の糸なのかもしれません。時間がかかるけど丁寧にほどいていけば何かに辿り着けるはず。“複雑は単純でできている”。またひとつ矛盾を生んでしまいました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?