大根について 1/fって何すか。10月号

演技の下手な役者の事を“大根役者”というが、私はこれを聞くたびに首を傾げたくなる。
理由は三つ。まずは、大根は使われ方の幅がとても広い。サラダなどでは生でも食べられるし、煮ても焼いても食卓に登場できる。すり下ろして醤油を垂らせば、この季節、秋刀魚の傍には欠かせない。主役級とはいえなくとも、バイプレーヤーとしては確実に上位にランクインするのではなかろうか。
次に、あのビジュアルである。たくましく真っ直ぐに佇むボディに透き通った白い肌。収穫されるまで、冬の凍てつく土の中で育ったその日々のことを思えば、役者の長く辛い下積み時代を連想せずにはいられない。もちろん音楽家として芸を磨く私達も頭が上がらない。   
そして三つめは、大根のもつ吸収力である。先に述べたとおり、大根の旬は冬であり、冬といえば「おでん」、おでんといえば「大根」である。しかし、おでんの先発スタメンとはいえど、大根そのものの味を楽しむ人は少ない。あれはじっくりと芯まで浸み込んだ汁を味わっている訳だが、私は大根の他にこの吸収力を発揮する具材を知らない。おでんに限らず、「ぶり大根」でもその才覚は発揮されている。長い下積みを経ても尚、その学びの姿勢は崩すことなく、どんな環境も経験も己の血や肉として、進化する。伸びシロ半端ない。
以上が「大根」がどんな舞台でも人々を魅了する所以である。これをもってしても、あなたはまだ、半人前の腕の無い役者を大根役者と呼べるだろうか。

大根役者の名前の由来には諸説あって、なかには大根がどんな状態で食べてもお腹を壊すことがなく、転じて“当たらない”役者とされるという説もあるのだが、もし逆に“生牡蠣役者”や“真夏の鳥刺し役者”がキャスティングされたとして、このコンプライアンス重視の風潮のなかで、スポンサーはどちらを重宝するだろうか。答えは言わずもがな。

今ミュージシャン達は、対面式の有客ライブとは別軸で、配信ライブなど、カメラを向けられる機会が増えつつある。スタートの合図から始まり、カットがかかるその瞬間まで、カメラの向こう側に向けて音と言葉の力を信じ、体ひとつ、全力で表現する。シナリオやセリフが無い点では、演技をする役者と立場は違えど、お茶の間に非日常を体験させる点では同じである。

さあ、冬がやってくる。温野菜でもある大根は体を温める効能も持ち備えるという。日常にどんな耐え難き試練が待ち受けようと、大根役者たちはその鬱憤を晴らそうと、今日も舞台に立つ。

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