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葛藤

昨日から私は葛藤している。

こんな字を書くんだっけ?
「葛」も「藤」もツル草の名前。ヘン!
意味と一致しないのが気になって調べてみた。
ツルが絡みもつれる様から、
一般では悶着、相克を言う。
心理学では、心中の欲求の対立を意味する。
仏教では、ツルがまとわりついた木を枯死させる事から、人が愛欲煩悩に堕すると自滅すると戒めたらしい。

私の「葛藤」のきっかけは
友人からの約束延期の電話。
「ごめんなさい。娘が急に明日帰ってくることになって…悪いけれど日程変えてもらえる?」
申し出に秒で快諾した。

親元を離れ一人暮らしをしている我が子がいきなり帰ってくるのは、嬉しいハプニングだ。
どうしよっ♡て舞い上がる。テンション上がる。
私も経験がある。文句なしの最優先項目。
なのに、電話を切った後、心の底から喜んであげられない自分を感じてしまった。
たまにあるんだよなぁ…
こうなると
自分で自分を手なづけるのに労力がいる。

この気持ちは、“羨ましい”かな?
それもある。
ウチの息子なんて、たいして遠くないのに殆ど家に寄り付かない。
前に顔出したのは半年前ぐらい前だったかな。
泊まることはない。
普段は、生活費を振込むと気の向いた時だけ
「ありがとう」
の5文字が、送られてくる。
礼が言えるようになったか、上等だわ(^^)と
気をよくして長々と質問したところで
「大丈夫」
の3文字だけが、3日後ぐらいに返ってくる。
生存確認できたからいいか。
素っ気ないけれど、もう慣れた。

いや、強がってるな〜私。
これでは万が一
なりすましだったとしても気づけない。
それに
1年に一度会える計算として(七夕伝説?)
私が死ぬまでにあと30回会えるのだろうか?
会えたとしても、早めに脳が弱るかもしれない。意識がなくても、せめて死に目には寄り添ってくれたら本望だなぁ。
時々、そんなふうに考えて
いたたまれない気持ちになる。
まだ先は長い。覚悟決める前にやる事がある。

話が逸れた。
私の気持ち、一番合っているのは
”羨ましい”ではない。
“置いてきぼり”と言ったほうが
ピンとくる。
「そうだった、あなたはそっち側の人よね。」
と友人との違いを思い知る、
卑屈な瞬間なのだ。
子どもと良い関係で家族も仲良し。
大きな問題のない家庭。
本人も普通だと思っている人。

比べると不幸になる、とは正論で
気づいた私は悲しい気分になっていた。
脱落感、、、疎外感、、、
やっぱり”置いてきぼり”がピッタリかな。
居るべき所にいない私。
いつまでも辿り着けない
絵に描いた普通の家族。

私は私、ウチはウチ。
ゆっくりでも家族それぞれが
動くことを諦めずに、努力は形になってきた。
私達の経験はとても尊いと、今は知っている。
それでいいはずなのに。
頭では解っていても
まだ気持ちにストンと落ちない時がある。

今日も葛藤している。

私の心は何てちっぽけなんだ
つまんないヤツだな
人の幸せを見て悲しくなるなんて
情けなくてダサすぎて
そんな部分を自覚することになって
ショックだ。全く気分が悪い。

でも、そこまで熱くなるのは
何だかんだ言っても
自分に期待してるんだな。
自分大好きヤロウじゃないか…
恥ずかしいが、ありがたい。
どんな育ち方したんだっけか。
めでてぇ私。

今日は自分がキライ。

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