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シャーガス病には2つの病期がある。医療関連の感染が問題

労作性呼吸困難を呈したボリビア出身の30歳女性の症例

現病歴

30歳の女性がスペインのある病院の外来を受診した。彼女はサンタクルス(ボリビア)生まれで、4ヶ月前にヨーロッパに到着した。過去20年間は都市部に住んでいたが、幼少期は農村部で育った。

2年前から労作時の中等度呼吸困難(NYHAII)が進行し、短時間で自然におさまる動悸を伴うと報告している。他の病歴はなく、薬の服用はない。妊娠を希望している。

身体所見

診察の結果、血圧は110/65mmHgである。脈拍は40bpmでリズムは整。SpO2は室内気下で99%。聴診では心音は明瞭で、雑音はない。呼吸音清である。四肢末梢の浮腫はなく、頸静脈圧の上昇はない。

検査所見

血算、生化学検査は正常である。心電図は図89.1の通りである。胸部レントゲン写真を図89.1Bに示す。

図89.1  A 心電図: 洞性徐脈を伴う右脚ブロック
B CXR: 中等度の心拡大を認める

クエスチョン

  1. ボリビアからの移民ではどのような病原微生物をスクリーニングすべきか?

  2. 患者がシャーガス病と診断された場合、どのように臓器病変を評価するか?

  3. シャーガス病の治療にはどのようなものがあるか?

ディスカッション

妊娠可能年齢のボリビア人女性の初診外来である。彼女は進行性の呼吸困難と動悸を訴えている。心不全の臨床的徴候は認めないが、CXRは中等度の心拡大を認め、心電図では右脚ブロックを伴う洞性徐脈を認める。

クエスチョン1の答え

欧州疾病予防管理センター(ECDC)のガイドラインに従い、高蔓延国から新たに到着した移民は、活動性/潜在性結核、HIV、B型肝炎、C型肝炎、糞線虫のスクリーニングを含むスクリーニングパネルを提供する必要がある。ラテンアメリカ、特にボリビアからの移民は、シャーガス病を含むスクリーニング・パネルが必要である。なぜなら、シャーガス病の有病率が高く、かつシャーガス病は無症状の可能性があるからである。

慢性期のシャーガス病が疑われる場合、スクリーニングは通常、2つの異なる血清学的検査法を用いたTrypanosoma cruziに対するIgG抗体の検出で行われる。

クエスチョン2の答え

心臓は最も影響を受ける頻度が高い臓器である。最もよく見られる変化は、脚ブロックや洞不全などの伝導障害である(図89.1)。心筋障害から拡張型心筋症に移行することもある(図 89.1B)。消化器への関与は比較的少なく、蠕動障害や巨大結腸などの症状がみられる。

したがって、一般的なアプローチとして、心電図、胸部X線、バリウム注腸から始めるのが妥当である。さらに、心臓専門医に紹介し、心エコー検査と24時間ホルター心電図を行うことが推奨される。

クエスチョン3の答え

トリパノソーマの治療薬には、ベンズニダゾール[benznidazole]とニフルチモックス [nifurtimox]の2種類がある。急性期、先天性シャーガス病、慢性期の18歳未満の患者には常に治療が推奨される。高齢の慢性期患者においては、治療法については議論の余地がある。トリパノソーマを殺す治療は、通常、病期不明の軽度から中等度の臓器病変を有する患者に対して行われる。垂直感染を防ぐため、ガイドラインでは通常、妊娠可能な年齢の女性に対する治療を推奨している。

症例の続き

シャーガス病の血清学的検査は両方とも陽性であった。患者はシャーガス心筋症に分類され、妊娠を希望していたためトリパノソーマに対する治療が行われた。外来でBenznidazole 5 mg/kg/dayを60日間投与した。

治療開始15日目に、痒みのある斑状皮疹(図89.2)と軽度の好酸球増多が出現した。

図89.2 Benznidazole投与15日後に出現した痒みを伴う丘疹性紅斑

Benznidazoleの投与を中止し、副腎皮質ホルモンと抗ヒスタミン剤の投与を5日間行ったところ皮疹は完全に消失した。その後、Benznidazoleの再投与を行ったが、耐容性に問題はなく、60日間の投与を完遂した。

循環器内科の評価では洞不全を認めたが、徐脈や失神の症状はなかった。心エコー検査では閉塞のない左室肥大を認めた。その後経過観察を行い、5年後に心機能は安定し健常児を出産した。

SUMMARY BOX

シャーガス病

 シャーガス病は、原虫であるT. cruziによって引き起こされる人獣共通感染症である。中南米21カ国で蔓延している顧みられない熱帯病 [neglected tropical disease] で、ボリビアでは6.1%と有病率は高い。流行地では主にトリアトーマ(サシガメ)によって感染する。しかし、非流行国では母子感染、輸血や移植が大きな役割を果たしている。まれに、虫の糞便に汚染された食品や飲料を摂取することで、経口感染することがある。

急性期の診断は、通常、抹消血のTrypomastigotes(トリポマスティゴート)を直接顕微鏡で観察することによって行われる。寄生率が低いか断続的な慢性期には、2種類の検査法を用いてT. cruziに対するIgG抗体を検出することにより、血清学的に診断を行う。また、感度の差はあるが、PCR法も用いられる。

シャーガス病は2つの臨床病期に分かれる。急性期は通常無症状だが、接種部位の炎症と発熱を示すことがある。その後、通常は無症状の慢性期が続きます(無関心期 [indifferent phase])。慢性シャーガス病患者の約30%〜40%は、初感染から10年〜20年後に臓器病変を発症する。心臓は最も頻度の高い臓器病変であり、主に伝導系と心筋が侵される。最も頻繁に見られる変化は、脚ブロックや巣状の心室壁運動異常で、洞不全、心室性不整脈、拡張型心筋症に進展することがある。消化器への関与は少なく、蠕動障害や巨大食道、巨大結腸などの症状がみられる。

シャーガス病には、ベンズニダゾールとニフルチモックスという2種類の薬剤が承認されている。ベンズニダゾールはシャーガス病の治療薬として推奨されているが、この治療を受けている患者の約50%に有害事象がみられる。皮膚浸潤を伴う過敏性反応が最も頻繁に観察される副作用で、次いで胃腸障害、骨髄抑制、末梢神経障害などがある。軽度から中等度の反応は、治療を一時的に中止するかどうかにかかわらず、対症療法で解決できる。しかし、約10%の症例では治療中止が必要となる。

予防策として、媒介動物の制御、流行国の生活環境の改善、血液や臓器提供時のスクリーニング、母子感染を避けるための妊娠可能な年齢の女性のスクリーニングなどが挙げられる。

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