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重症デング熱では非特異的な消化器症状が出現しうる:ヘマトクリットと体液量評価が鍵

ショック状態になったベトナム出身52歳男性

現病歴

52歳の男性が腹痛と嘔吐のため、ベトナム・ホーチミンの都市部の病院に運ばれてきた。4日前から眼窩後部の頭痛、嗜眠、筋肉痛、発熱があり、ここ24時間は改善傾向である。2型糖尿病とコントロール不良の高血圧の既往がある。最後に市外を旅行したのは数年前である。

身体所見

傾眠がみられるが覚醒可能である。GCS 14/15、体温36.5℃、血圧105/90mmHg、心拍数120bpm、呼吸数28回/分、SpO2 93%(室内気)。橈骨動脈を弱く触知し心音は正常である。呼吸器検査では打診音は鈍く、両肺基部の呼吸音は減弱している。軽度の腹部膨満を認め、shfting dullnessと肝縁3cmの圧痛を認める。皮膚所見に異常はない。

検査所見

表9.1参照。

クエスチョン

  1. 主な鑑別診断として、どのようなものが考えられるか?

  2. マネージメントの優先順位は?

ディスカッション

発症までの期間が短いことから、急性感染症であることが示唆され、CRPが比較的低く、好中球の白血球増加がないことから、ウイルス性の可能性が推察される。ショックの臨床的徴候は、頻脈、脈圧の低下(<20mmHg)、GCS低下および乳酸値の上昇である。血小板減少の程度と肝障害の有無は重症度の重要な指標であり、ヘマトクリット値の上昇は血液濃縮を示唆する。

クエスチョン1の答え

高蔓延地域で発症し臨床像は典型的なデング熱感染症であり、血管漏出と代償性ショックを伴う重症化へと明らかに進行している。滲出液を伴わない場合でも、ツツガムシ病などのリケッチア感染症が最も重要な鑑別診断となる。マラリアも考慮すべきであるが、溶血の証拠はなく、ベトナムのほとんどの都市部ではマラリアのリスクは非常に低い。本症はレプトスピラ症の可能性もあるが、げっ歯類との接触が疑われないことから、その可能性は低い。東南アジア出身の糖尿病患者で敗血症的なプレゼンテーションの場合、別の鑑別診断としてメリオイドーシスが検討される。

クエスチョン2の答え

重症デング熱の可能性が高いため、患者の心血管系と呼吸器系の支持的管理を優先させる必要がある。そのためには、体液過多の兆候がないか徹底的かつ頻繁に評価しながら、慎重な外液補液を行う必要がある。胸腹水を評価するために超音波検査を行うべきである。また、可能であれば、心収縮力と血管内容積を評価するために心エコー検査を検討する。

症例の続き

患者は代償性ショックと診断され、HCUに入院し、厳重なモニタリングと支持療法を受けることになった。超音波検査により、中等度の両側胸水と腹水、軽度の肝腫大と胆嚢壁の肥厚が確認された。乳酸リンゲル液を1時間かけて10mL/kg輸液し、体液状態を再評価した。頻脈、乏尿が続き、ヘマトクリット値が55.1%に上昇したため、十分な血行動態の改善が認められるまで輸液速度を15mL/kg/hrに増加した。2時間後に7mL/kg/hrに減量し、さらに2時間ごとに2mL/kg/hrずつ、必要なくなるまで輸液を行った。6時間ごとにヘマトクリット値をチェックし、2時間おきに評価を繰り返した。患者は完全に回復した後、3日後に退院した。RT-PCRとNS1 ELISAが陽性であったことから、デング熱と診断された。

SUMMARY BOX

デング熱

デング熱は、節足動物を媒介としてヒトに感染する最も一般的なウイルスで、全世界での年間感染者数は3億9000万人と推定されている。このウイルスはフラビウイルス科に属し、抗原的に異なる4種類の血清型がある。ヤブカ属、主にAedes aegyptiに昼間刺されることによってヒトに感染する。Aedes albopictusはアジアにおけるsecondary vectorで、温帯気候を生き抜くことができるため、ヨーロッパや北米の多くの国々に広がっている。臨床的に明らかな感染症は、ほとんどが治療なしでよくなる [self-limitingな] 熱性疾患だが、まれに臓器障害、出血、毛細血管外漏出、分布異常性ショックを伴う重篤な疾患へと進行する。重症化は通常、以下の3つの段階を経て進行する。

①発熱期(febrile phase):2〜7日間ほどの高熱、頭痛、筋肉痛、血小板減少、白血球減少が特徴。
②重症期(critical phase):解熱後にみられる、毛細血管外漏出、ショック、ときに出血の危険性を伴う。
③回復期(recovery phase):臨床的改善に伴い血管外から血管内への体液移動と臓器回復を伴う。

デング熱の診断は、発症後4〜6日間はRDTやELISAによるNS1抗原の検出やRT-PCRによるウイルスRNAの検出で確定されるが、その後は末梢血中のウイルス血量が短いため、これらの方法の感度が低下する。IgM/IgGのペア血清検査(少なくとも3日の間隔をあけて)で血清転換が確認される。しかし、特にジカ熱流行地では、他のフラビウイルスとの交差反応が問題になっている。

重症化の兆候(Warning signs)として、腹痛や腹部の圧痛、持続的な嘔吐、体液貯留(fluid accumulation)、粘膜出血、傾眠や不穏、肝腫大、血小板減少の悪化を伴うヘマトクリットの増加などがあり、この症例ではうち6つが認められた。

有効な抗ウイルス薬がないため、体液貯留の徴候がないか注意深く観察しながら、血管容量の補充と支持療法がマネージメントの主軸となる。多くの国々で、デング熱の疫学は高齢化に伴い変化している。高齢者は非典型的な症状を示すことが多く、高度な併存疾患の中で血行動態をコントロールすることが困難なため、合併症や死亡のリスクが高くなる。この症例のように、コントロールされていない高血圧や糖尿病は、予後不良の危険因子であることが示されている。そのため、効果的な治療薬と汎用のデングワクチンの探求が続けられている。

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